brightness of the ore(静誕SS。臨静)
「はぁ。さっむいよね~・・・シズちゃんってばよくそんな格好でいられるよね!頭おかしいんじゃない?」
臨也がからりと笑う。
馬鹿にしたような態度で、肩を竦めながら。
「てんめぇ・・・・・・喧嘩売ってんのか?!あぁん?!」
すごんで見せたら、まさか!
男はただもう一度肩を竦めて。
続く言葉は多分、『売っていないはずがない』だろうことをわかっていながら、続きが口に出されないのをいいことに、静雄は一つ舌打ちを漏らした。
それだけで、済ませてしまう、夜の公園。
静雄のアパートから程近く。
途切れそうな街燈が、じりじりと時に瞬いて。
白い息が、二人の間を流れては消えていく。
溜め息のような息ばかり吐いて、男はだが、何をするでもなく静雄と肩を並べていた。
もっとも、二人の距離は3歩分。
離れているというほど離れてはおらず、かといって近づきすぎたりもせず。
「今日はさぁ、いいことがあったんじゃないの?皆も酔狂だよね、君なんかを祝おうだなんてさ。誰が言い出したのか知らないけど、サプライズパーティ?まんざらでも、なかったでしょ」
吐き捨てるように、常と変わらない口調で紡がれる色のない声に、静雄はただ、顔をしかめた。
相槌を打つのも癪で、かといって否定できるものでもない。
夜の空気は何処か透徹だ。
まるでこの男そのもののよう。
冷たい風が、また一つ白いシャツをなぶった。
静雄の金の髪が、ちりちりと電燈に瞬く。
静雄は、ほとんど何も言わなかった。
臨也も、多く何かを話すわけではない。
ただ、時間だけが過ぎて。
重い空が、重いまま、夜は深く、暗く。
「ぅんもう!応えもなし?シズちゃんってば、俺と話す気ゼロだよね!礼儀って言葉、知ってる?しつけを疑うよ、まったく」
ほとんど言いがかりのような文句をつけて、臨也は白い息を吐き出した。
腹が立つばかりのその言葉に、だが静雄は何故だか動く気になれずに。
静雄が、そんな風であることも、臨也はわかっていたのだろう、男も男とて、たまにこぼす毒のある言葉だけで。
それ以上を、どうするのでもない。
夜の中、また一つ白い息が、生まれてはすぐに消えていく。
静雄は息を吐いた。
白い。
同じように、臨也の周りも、白く煙っては闇に沈んで。
「あぁもう!ほんとさっむい!絶対シズちゃんの所為」
ぶちぶちと、まばらに。
思い出したようにこぼれる言葉に、意味などきっと少しもなくて。
いくら。
そうして、何もせず、二人、無為にそんな場所にいたことだろうか。
臨也が不意に動き出した。
もたれかけていたブランコの柵から、躰を離す。
「・・・・・・・・・・・・・・・帰る」
そっけなくきびすを返して。
「・・・・・・そうか」
静雄もゆっくりと身を起こした。
彼が向かうのと反対方向、自らのアパートの方に足を向けて。
一歩を、踏み出した時だった。
「シズちゃん」
ぐいと、引かれた腕、振り向いた唇に何かが触れる。
それは酷く冷たくて。
だけど何処か温かい。
いつの間にこんなに近くにいたのだろう、否、この男ならそれぐらいわけがない、静雄の腕を、臨也の指がきつく掴んで、ぬるり、こじ開けるように唇を割って入ってきた彼の息を、静雄は咽そうになりながら吸い込んだ。
「はっ・・・ぁ・・・」
頭がぼける、それはほんの僅かの触れ合いで。
かちり。
舌先に押し付けられたのは硬い何か。
「しょうがないから、それをあげるよ、Happy Birthday」
シズちゃん。
男の顔は、常と変わらなかった。
いけ好かない、悪意の滲むような笑顔だ。
「おい、いざーー・・・」
「大嫌いだよ」
ひらり。
そんな言葉一つ、耳に流し込んで。
男は身軽に身を翻して。
ほんの少しの間に、もう何処にも見えなくなった。
カチリ、時計の進む音がする。
口かけたような公園の時計が、日付が変わったことを示して。
「ちっくしょう・・・あの馬鹿」
悪態を吐きながら、口に含まされたそれを吐き出した。
小さな。
本当に小さな何かだ。
一見して、ガラスか何かのような、だけど、粗末な街燈の光に目映く反射して。
これは多分・・・・・・。
「・・・・・・ダイヤ、か・・・?」
まさか、まさかな。
くつりと、喉の奥で一つ笑った。
たった一粒の何か。
それは今年で九つ目。
年によって、いろんな色、いろんな大きさで。
ただ、変わらないのは、決まって今日。
今日が終わる、間際にあの男から押し付けられるという点だけ。
そして多分、ただのガラスだまだったりはしないだろうという、ただ・・・それだけである。
静雄は深く、息を吐き出した。
夜の闇に、白い息がすぐに溶ける。
身を切るような夜風。
「・・・帰って風呂って寝るか」
ぼんやりと呟いてきびすを返した。
今度こそ、自分のアパートに向けて。
いつも。
今日という日を、自分の誕生日を、静雄は忘れてしまう。
だけど、あの少女が自分だけ先にと、静雄に告げた夕刻から、ほんとは静雄はわかっていた。
多分、今日だけは。
あの男に会っても、殴ろうとだけは思わないだろうことを。
ただ、許容する時間の無意味さを。
そしてほんの一瞬の。
微か過ぎる触れ合いを。
アパートへと足を進めながら、乏しい街燈に透かして。
ぼんやりと、小さな欠片を見る。
小さいくせに、きらきらと。
眩しいぐらいに瞬くそれは。
なんだかあの男とは酷く不似合いで、静雄は知らず、口はしに笑みを浮かべたのだった。
何処か落ち着かない昨日という日に。
静雄はまた一つだけ年を取った。
1月の。
ほとんど、終わりの頃である。
寒い夜だった。
Fine.
作品名:brightness of the ore(静誕SS。臨静) 作家名:愛早 さくら