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彼の笑顔が消えるとき

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僕は臨也さんに嫌われている。


と、思う。
曖昧なのは、臨也さんは嫌いなものを口に出して「嫌い」だと言うタイプじゃないから。
むしろ、嫌いなものも「好き」だと言って自分の本心を隠してしまう。

だから、最初は気付けなかった。
臨也さんが他の人と居る時と、僕と居る時の小さな違和感が何なのか。

『表情が消える』

最初はそこまで極端じゃ無かった。
いつもの軽薄そうな笑みが、僕の前では少し押さえられてるような、そんな感じ。
元々表情の多い人じゃないし、だけど、『無表情』っていうのも普段は余り見ない。

だけど、

(無表情、だよなぁ。)

僕は前に座る臨也さんをチラリと盗み見る。
臨也さんはすぐに気が付いて、「何?どうかした?」と、僕に言った。
その声色はむしろ優しくさえ思えるのに、表情が合っていない。
口元が僅かに動き、言葉を発し、後は辛うじて眼球運動があるくらいで、頬の筋肉は動くことを忘れてしまったようだ。
あの胡散臭い笑みを見たいかと言われれば微妙だが、此処まで無表情と言うのも怖い。
何を考えているのかさっぱりわからない。(元よりわからない人だけど)

これが、僕にだけ、なのだからどうしたって悪い方に捉えてしまうだろう。
正直臨也さんを怒らすような命知らずなこと、全くした覚えは無いのだけれど、嫌われたのなら仕方ない。
僕の方からは近寄らないようにしよう、と、そう思った矢先、街でバッタリと出会ってしまうから人生と言うのは不思議だ。

「・・・帝人くん?」

気が付かないふりしてくれて良いのに。
義理堅くわざわざ声をかけてくれた臨也さんには申し訳ないけれど、そう思った。
だって、
「偶然だね、暇?お茶しない?」
口調はまるでナンパのような軽さなのに、顔を見ると仮面のように表情が無い。
そんな顔でそんなこと言われても・・・


・・・断る勇気は僕には無かった。



おかげで現在の僕はこうして全く表情の無い臨也さんと共に二人でお茶をしている。
臨也さんは表情を変えないこと以外はいつものように楽しげな話をしている。
話の内容は笑えるのに、臨也さんの表情は微笑みもしない。
僕は仕方なしに日本人らしく話を合わせて楽しげに笑って見せた。

と、その瞬間、臨也さんの目が鋭く細められた。
まるで親の敵でも見つけたみたいに。
思わず僕の笑みも引き攣る。

「ぇ、あ、の?」
戸惑う僕に臨也さんは「え?」と、自分ではわかっていなのか、目を細めたまま首を傾げた。

「あ、いや、あの…何かありました?」
「何が?」
「何がって…。」

(顔が怖いです、なんて言えるわけ無い)

「え、と…。」
言い淀む僕に臨也さんは「ああ。」と、気が付いたように目頭を手で押さえた。
「ごめん、変な顔してた?俺?」
「っ、えぇと…はい。」

僕が素直にそう言うと、臨也さんは大きくため息を吐く。
「俺もまだまだだね。」
そしてそこで初めて自嘲するような笑みを見せた。


臨也さんの心意がわからない。

何の感情も無い黒い瞳で僕を見て何を思ってるやら。
あんな顔で見られるくらいなら、まだニヤニヤした顔で嘘を吐かれる方がマシだ。

なんて、そう思ってしまうのはきっと、


僕が臨也さんを好きになってしまったから。


自分でもなんでいばらの道を好んで選ぶのか、とは思うけど。
いかにも非日常的なあの人に僕が惹かれるのは仕方が無いことだった。

(まぁ…嫌われてるんじゃお先真っ暗だな、この恋も。)
最初から受け入れられなんて思ってもないけど、なんで僕を嫌ってるのか、その理由は気になる。

「何考えてるの?」

ぼーっとしていた僕の顔を覗きこむように臨也さんは首を傾げていた。

「え?」
「ケーキ食べる手、止まってるよ?」
指さされ、チーズケーキをフォークに乗せたまま固まっていたことに気が付いた。
「あ、すいませんっ。」
「なに、俺のことでも考えてた?」
からかう様な口調、でも表情は無い。
黒い瞳が責める様にジッと僕を見る。

「…あ、と。」
こういうとこで適当に嘘をつけない自分の馬鹿正直さを今は呪いたい。
僕が口ごもってしまった時点で『そのとおり☆臨也さんのことを考えてました』なんてことは丸わかりだろう。

「っ、」
突然、本当に突然。
臨也さんが苦しげに顔を歪めた。
「帝人くん、君って子は…。」

言いかけて、臨也さんは口を閉じた。苦しげな表情のまま。
「・・・コレ、代金置いとくから。悪いけど俺は先失礼するよ。」
僕が返答する間もなく、臨也さんは立ち上がって速足で店を出て行ってしまった。
僕はただ茫然と、臨也さんの後ろ姿を見送った。

・・・え?

余りにも突然過ぎる臨也さんの行動に僕はさっきまでの会話を思い出す。

『なに、俺のことでも考えてた?』

『帝人くん、君って子は…。』


(わかりやすすぎる?)


その思った瞬間、僕は一気に顔に血が上った。
1人でケーキを食べて赤面する男なんて、他の人から見たら奇妙なことこの上ないだろうけど、今の僕にはそんなことを考える余裕は無い。

恥ずかしい。穴があったら入りたい。
いますぐにでも地団太踏みたくなるような変なむず痒い気持ちを抱えたまま、僕はチーズケーキを口にかっこむ。
ああ、最悪だ。

僕の中である一つの答えが浮かぶ。

そうか、そうだったんだ、たぶん。
臨也さんは僕の気持ちなんてとっくにお見通しだったんだ。

つまりはそう、僕はきっとずっと臨也さんを困らせてたんだ。


作品名:彼の笑顔が消えるとき 作家名:阿古屋珠