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きみがくれるもの

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さっきから紙を手に唸っている上司に視線を向けると、気づいたトムが難しい顔を見せた。
手にしているのは今月の債権者リストだ。そんなに面倒くさい相手がいるのか、はたまた数が多いのかと首を傾げると、そうじゃないと首を振る。非常に言いにくそうに、月末土日の休みは無理そうだ、と言われた。
「何とかしてやりたいのは山々なんだけどな、給料日後の土日だろ? ちょっと1人じゃきついんだわ」
「いや、無理なら別にいいっすよ」
「悪いな、ホント」
最近出来た友人が泊まりに来るのは、毎週末の金曜日だ。今月末の金曜は静雄の誕生日で、だから土日に休みが欲しいだなんて社会人として言えるはずもなかった。そうでなくともこのところ、月5日は土日に休みを貰っているのだ。学生である帝人に合わせて。
「代わりに金曜は休みにしとくから。お前さん誕生日だろ。帝人くん誘ってどっか行ってくりゃどうだ?」
「や、あいつ平日は学校あるんで…」
「日頃真面目なんだから1日くらい休んだって大丈夫だろ? たまにはサボりもいい想い出だべ」
トムらしくない言い様だ。そう思ったが、自分を気遣っての言葉だとわかっているから静雄は苦笑するに留めて首を横に振った。
誕生日に休みを貰ったところで、予定など何もない。そもそも帝人には誕生日を教えてもいない。今更言うつもりもなかったが、案外あれで帝人は思い切りがいいので、誘えば本当に学校をサボろうとするかもしれない。
無理をせずとも夕方には会えるのだ。土曜が仕事なら、帝人は遠慮して泊まっていかないかもしれないが。
朝から時間があるのなら、ちょっと凝った料理でも作ってやるかな、…と嘯くと、トムが今度は微妙な顔を見せた。なんというか、目元を擦りながら静雄の肩を叩きそうな勢いだ。
「…うん、よし、わかった。土曜はなんとかするから、休んでいいぞ」
「いや、なんとかって別に」
「社長にはちゃんと言っとくから。お前、金土は休め。な?」
「はぁ…」
自分の誕生日に自分でごちそう作って帝人が来るのを待ってる、なんていじらしいことを聞かされれば、トムならずともなんとかしてやりたいと思うのが人情だろう。
…そんな風に思われているとも知らず、静雄はただ首を傾げていた。無理だと言ったりやっぱり休んでいいと言ったり、はっきりしないトムの態度を不審に思いはしたが、休みが貰えること自体には何の不満もない。
「じゃ、今日もサクッと頑張るべ」
ホントにもどかしいなこいつら、…などと本心を表情に載せる男ではないから、静雄はトムが出来の悪い我が子を見守る母の心境でいることには気づかない。まだ首を傾げつつ、素直に上司の後に従った。






その日は、ちょっとないくらい手際よく仕事が進んだ。最近帝人と過ごすようになってからというもの、キレる回数はずいぶん少なくなってはいたのだが、今日は一度もキレることなく、結果夕方には予定していたすべての回収が片付いた。
珍しいこともあるもんだとトムは上機嫌だった。が、静雄はもっと上機嫌だった。
この時間なら駅向こうのスーパーがまだ開いている。ちょっと高めの高級食材が置いている店だ。
明日は静雄の誕生日だからささやかながら贅沢しようと―――正確には帝人にいいものを食わせてやろうと、そう思っていたのだ。凝った料理など作れないからせめて食材くらいは奮発しようと思って、…と正直なところを口に出すと、トムだけでなく社長にまで「日曜は休みやれなくて悪かったな…」と真面目な顔で謝られてしまった。なんだかよくわからないが、本当にいい人たちだ。
挨拶を済ませて事務所を出ると、外はまだ明るい。外階段を降りていくと、すぐ脇の路地に帝人がひっそりたたずんでいて静雄は驚いた。学校帰りなのだろう、制服のままだ。
事務所のあるこの界隈は、学生にとっては居心地の悪いだろう店がいくつも並んでいる。柄の悪い連中も多いから、いかにも絡まれやすそうな帝人にはこの辺りには来ないように言ってあったのだが、いったいいつからここにいたのか。
「2分くらい前です。トムさんからメール貰って」
「…トムさん?」
「はい」
どうやら、仕事が早く終わりそうだとトムが連絡したらしい。トムが気を利かせたのかと思ったら、帝人の方からメールしたのだいう。今日は木曜日だ。明日の夕方、学校が終わったらいつものように静雄の家に来ることになっているのに、なぜわざわざこんな場所まで来たのだろうか。
「今からお邪魔してもいいですか?」
「そりゃ別にいいけどよ…、あ、スーパー寄りたいんだけどいいか?」
「はい」
内心首を傾げたものの、帝人と夕食をとるのは楽しいので静雄に否はない。考えてみればなし崩し的に泊まっていくから週末になることが多いだけで、平日に会ったって何の問題もないはずだ。
実際、帝人と一緒に過ごすのは楽しかった。
高級スーパーの値段に驚く帝人を横目にあれこれと買い込み、家に戻って料理をしたがるのを宥めつつ手早く夕食を作り、食後はトムが差し入れてくれたシュークリームを食べながら、とりとめのない話をする。買い物をして料理をして、いつもと変わらない日常の行為が、誰かが一緒にいるというだけでこんなに違うものだなんて今まで思いもしなかった。
ずっとそばにいて欲しいと思うが、この気持ちをなんと言えばいいのかが静雄にはわからない。友情よりももう少し重くて、けれども家族に感じるものとも少し違う。帝人はどう思っているのだろうかと時々考えたりもするが、今の関係を崩すのが怖くて、結局『面倒見のいい兄のような存在』に居座り続けている。
「静雄さん」
「なんだ?」
帝人が鞄の中からDVDを引っ張り出した。何も書かれていない、市販のCD-Rだ。
「友達が貸してくれたんですけど、ここで観ちゃっていいですか?」
「ああ」
ちらりと時間を確認するが、まだ9時を過ぎたところだ。遅くなったら送っていけばいいし、こんな風に食後にテレビや映画を見るのもよくあることだった。帝人が持参したものをというのは初めてだったのだが、だから静雄はまず内容を確認しなかったことをすぐに後悔した。始まったそれが、どう見ても和物のホラーだったからだ。
「…お前、わざとだろ」
「なんのことですか?」
洋物の、ゾンビだの化け物だのが出てくるホラーはまだいい。あれは殴れる。物理的に潰せる。
だが和物の、心理的に恐怖を煽るような作りの映画は静雄がいちばん苦手とするジャンルだった。相手に触れないのでは、ブッ飛ばすことも出来ないではないか。
というか、静雄がこの手のものを―――映画のみならずそうした現象も含めて苦手なことを、帝人は知っている。知っててわざわざ見せようとする、その意図が気になった。もとより嫌がらせ目的であるはずもなく、平日に職場まで訪ねてきたことといい、いったいなにをたくらんでいるのか。





作品名:きみがくれるもの 作家名:坊。