きみがくれるもの
そう思って隣を見れば、帝人は怖がる素振りなどまったくなく実に楽しそうに、主人公の動きを追っている。時々ビク、と身を震わせたり、緊迫したシーンでは静雄の腕をつかんだりしているが、画面を見るその目がきらきらと輝いている。これは相当好きなのだろう。
「楽しそうだな…」
「だってこれ、作り話でしょう? 噂話とかネットの体験話とか、そっちの方がずっと怖いですよ」
「そういうもんか?」
「ひょっとしてこ、」
「別に怖い訳じゃねぇ。苦手なだけだ」
いわゆる霊感とはちょっと違うらしいが、静雄がどうやら『見える人』であるらしいというのは、ありがたくないことにセルティのお墨付きだ。もっとも、悪いものは見えないらしい。だからあまり気にしたことはないのだが、だからと言って手足や首が折れ曲がっていたり、半分透けて見えるような『もと人間』を進んで見たいとは決して思わない。それが、例え作り話であったとしても。
意味ありげな笑みに憮然としていると、帝人が不意に画面を停めた。
「コーヒー淹れますけど、静雄さんも飲みますか」
「ああ、―――いや、自分でやる」
キッチンに並んで立って、静雄は鍋でミルクを温めて砂糖を落とす。少し多めに作って、それを帝人のコーヒーカップに注ぐのがいつもの習慣だ。
カップを持ってリビングに戻り、さっきと同じ位置に座った静雄の身体をなぜか帝人がぐいぐいと押した。ちょうどテレビの真ん前に座らされて、いったいなにをする気だろうと思っていたら、胡坐に座ったその足の間に帝人がちょこんと腰を下ろす。そのままなんでもないようにリモコンを取ってテレビが再び音を出し始めた。
帝人の頭が視界にかぶって、半分くらい画面が見えない。多分静雄を気遣っているのだろうとは思うが、やっぱりなにがしたいのかがさっぱりわからない。
それでも、身体にかかってくる重みや体温は心地よかった。滅多に甘えては来ない少年が、無防備に静雄に背を預けているのは悪くない。
空になったカップを置き空いた手で細い体躯を抱きしめると、大きな目が静雄を振り返った。まっすぐ見つめてくるその瞳に、なにかが溢れて壊れてしまいそうな気分になる。意識をそらそうとして、静雄は白い首にかぷりと噛みついた。歯を立てるのではなく唇で甘く食むようにすると、帝人が目元を和ませて笑い髪に触れる。
「静雄さんて、そういうの好きですよね」
「…そうか?」
「舐めたり噛んだりなんて、普通はあんまりしませんよ」
「そうか…」
それでも帝人は抗議するでも嫌がるでもなく、ただ後ろ手に静雄の髪を撫で続けている。一度、勢い余って本当に噛んでしまったことがあるのだが、その時は「痛い」と言って殴られた。静雄に対しても怒る時はちゃんと怒れる人間だから、文句を言わないということは本当に嫌がっていないのだろう。
いつの間にか映画が終わって、物悲しい感じの曲が流れていた。エンドロールを眺めつつ、そういえば殆ど話の内容が記憶にないのにホッとする。
「…ちゃんと見てました?」
「途中から邪魔が入った」
「静雄さんがびくびくしてたからじゃないですか!」
「してねぇ。ビクついてたのはお前だろ」
「してません!」
むきになって、微かに耳が赤いところを見ると、多少は怖がっていたのだろう。ちゃんと見とけばよかったと思ったが、次の機会が欲しいとは思わない。
いつものように他愛ない話をしながらじゃれあって、ふと、時刻が11時を大きく回っていることに気付いた。週末なら泊まっていくからついいつまでも話し込んでしまうのだが、さすがにそろそろ送っていかないとまずい。
そう言うと、帝人が不思議そうに首を傾げた。
「泊っていっていいですか?」
「お前明日も学校だろ」
「だって、静雄さん今日1人でお風呂入れるんですか?」
「……………明日の朝入るからいい」
まさかそれが理由だろうか。今日泊まりたくて、口実を作る為にわざわざホラー映画を見せたのだろうか。訳がわからず首を傾げていると、「じゃあ、あと30分だけ」と帝人が呟いた。ますます訳がわからない。
「ひょっとして、明日都合が悪いのか?」
「違います。…なんでそうなるんですか」
「用事が出来たんなら、別にそっちを優先してかまわねぇぞ」
「だから違うって言ってるじゃないですか!」
用事が出来たから、明日は来れないから今日来たのかと思ったが、そういうことでもないらしい。おまけに帝人は少々へそを曲げてしまったらしく、送っていくと言っても立ち上がろうとしない。
抱えて運ぶのは簡単だが、せっかくの誕生日に怒らせてギクシャクするのは嫌だと思った。…思ってしまったから、強引に出ることも出来ない。
困って溜め息を吐くと、帝人がビク、と身体を強張らせた。これはわかる。静雄が怒ったと、そう思っているのだろう。
「…どうした?」
だから心配を解くように覗き込むと、一瞬泣きそうな顔を見せた。おずおずと袖を引っ張るのに合わせて屈んでやると、少し迷う素振りを見せて静雄の首に顔を寄せる。
帝人がそんなことをしてくるのは初めてで、静雄は思わず固まった。が、やりやすいように腰を下ろしてやると、膝の上に帝人がそっと体重を乗せてくる。首筋を舐め、ちょっと歯を立てて吸い上げて、―――自分がよくやる動作を真似ているのだろう、たどたどしい動作で甘く噛むような仕草を繰り返すのに、静雄はなるべく帝人の邪魔をしないようその身体を膝の上に抱え直した。
自分に比べて細い体躯。身長はそこまで低いとは思わないが、とにかく軽い。食わせてんのになんで肉つかねぇんだと腰を撫でると、帝人が、ひゃ、と声を上げた。くすぐったいのだと気づいてそのまま続けると、帝人が笑いながら身を捩る。それでもくすぐり続けていると、真っ赤な顔が静雄を睨んだ。
細い手が腹を撫で、遠慮がちなそれがくすぐったくて、うお、と声が出る。が帝人は知らん顔で胸にすり寄り、今度は強引に上半身を押し倒してくる。強引にといっても帝人の力だ、抵抗などいくらでも出来るのだが、ここは素直に押し倒されてやった。しばらくそのまま腹を撫でたり押したりしていたが、そのうちその顔が不満げなものに変わって、静雄は唐突にシャツの前を肌蹴られた。