二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【臨帝】なんでもない日【腐向】

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
「これでいいですか?臨也さん」

東京を代表する華やかな都市・新宿の中でも一等地にそびえるマンション。
コンクリート打ちっぱなしの壁面が都会的な印象を与えるデザイナーズマンションの一室が、竜ヶ峰帝人の職場であり自宅だ。
表向きこそファイナンシャルオフィスとして営業しているが、その本質は裏稼業や政治の闇に密接した情報を提供する情報屋であり、帝人はオフィスの主・折原臨也の秘書として働いている。
危険が伴なう仕事であり時には非日常的なトラブルに巻き込まれているが、中学生時代からこの傍若無人な主に振り回されていた帝人である。多少の事では動じない。本日も普通の人間が目にしたら仰天するような内容のデータを淡々と処理し、報告書を製作して主に提出した。
帝人が差し出す資料を手にした主は、黒い眼鏡のブリッジを持ち上げ「うん、完璧。流石俺の帝人君だね」と薄い唇の端をふっと持ち上げてみせる。
女性が見たら黄色い悲鳴を上げそうな程様になる優美な微笑に、帝人は溜息を漏らした。憎たらしくなるほど、綺麗な人だと。胸の奥が熱くなるのを誤魔化す為そう言い聞かせた自分に気付けば、もう一度溜息が漏れた。

臨也とは中学生時代からネットを通じて縁があり、高校入学を気に上京してからはリアルでも付き合いがあった。絶対近づいてはならないと親友に忠告され悪い噂ばかり聞く臨也であるが、帝人に対しては比較的優しく紳士的に接してきたと思う。帝人の方も非日常を転がす危うげな情報屋の彼に、淡い憧れを抱き慕っていた。
そして高校を卒業すると同時にスカウトされてから早二年。社会人として慌しく働いていく中で時間は瞬く間に過ぎていき、今に至る。
全人類を愛すという歪んだ性癖を持つ臨也が帝人だけしかいらないと熱の篭った告白をしてきてから、早二年だ。
その日からずっと――心も身体も、全て。何もかも彼に委ね帝人は今日まで過ごしてきた。

流れ行く思い出を回想すれば楽しいことしか、思い浮かばなかった。
この先も二人で楽しい思い出ばかり刻んで行きたいと、切に願う。しかし現実はそこまで帝人に優しくなかった。
帝人は知っていた。結婚適齢期只中の臨也に縁談が多く持ち込まれていることを。中には大企業の一人娘や、由緒ある家柄のお嬢様などの紹介もあった。どれもこれも魅力的な縁談ばかりだったが、臨也は持ち込まれる縁談をバッサリと断り続けていた。
帝人一筋である自分には迷惑そのものだと付け加える事が嬉しく思うと同時に――ひどく、重かった。自分の存在が彼に訪れるはずの幸福を、奪っているんじゃないかと。
同姓同士での恋人なんて、世間的に受け入れられるはずが無い。結婚というゴールさえ望めない自分達は誰からも認められないあやうげな間柄だ。
そんな自分が彼の隣に居てもいいのかと何時も自信を失う。けれど、やっぱりこの場所は誰にも渡したくないと思う。そんなジレンマを抱え続けていた。
今日も裏社会で絶大な権力を持つ暴力団の幹部に、しつこく縁談を受けろと詰め寄られていた。後でもう一度来ますから、その時はいい返事を聞かせてくださいねと半ば脅しのような挨拶を返され臨也が愁眉を寄せ、険しい表情を作って居たのを思い出す。

全ての人間という曖昧な対象にのみ向いていた彼の愛情だが、帝人個人に惜しみなく向けられるようになった。
ということは彼も人を愛することが出来る筈だ。自分さえ居なくなってしまえばきっとその内、誰か他の相手を愛せるようになるのではないかと思ったのだ。それにはまず、自分が消えなければならない。その方が彼にとっていい事だというのも重々承知しているけれど――それが出来ずに。あまやかな幸福に満ちる中、煮え切らない感情をひたすらに持て余す日々を過ごしていた。

「じゃこれで郵便出しちゃいますから」

帝人は臨也から渡された報告書を受取るとデスクの上でトントンと叩き端を揃え、クリアファイルに入れ大きな封筒にしまいこんだ。その封筒をデスクに一端置くと、事務所フロアの隅にあるハンガーラックから自らのコートを取り出し手早く身に付けデスクに戻る。

「じゃ、行って来ますね」

封筒を手にし臨也に背を向けた帝人の耳に、携帯電話の着信音が届く。間を置かず臨也が通話する声が聞こえたかと思えば、胸を抉るような発言が帝人の胸を締め上げる。

「ええ、ですから、もうお断りしましたよね?先方のお嬢さんにも…え、あの、私事と仕事と、無関係では…っ、切れちゃった…」

臨也は怜悧な美貌を不愉快に歪めながら、耳に宛がっていた携帯を離した。会話の内容に嫌な予感を抱いた帝人はそれを口にする。

「もしかしてさっきの…」
「うん。お見合いしないなら、契約切るってさ。ま、別にいいけどね。こんな脅しかけるなんて時代錯誤だよ。実にくだらない」
「そ、そんな?!」

件の暴力団は上客の粟楠会とも馴染みがありその筋では有名で、権力もあった。その上政界の重鎮とも繋がっている為、敵に回すには面倒な相手であると帝人でさえ判る。

「大丈夫だって。帝人君はそんな事気にしないで、今晩の食事を気にしてなよ」
「臨也さんが作ってくれるんですよね?」
「うん。いつも帝人君に任せてる分、今日は気合入れるからさ」

臨也は手先が器用で、何でも出来た。特に料理をさせれば三ツ星シェフ顔負けの腕を持ち、料理が好きだと言ってのけるだけの事はあると感心させられる。この部屋で初めて彼の手料理をご馳走になった時は、前菜からデザートまで用意されたフルコースの美味しさに眼を輝かせ、舌鼓を打って美味しく頂いたものだ。
不器用な自分の料理なんて彼と比べたら天と地ほどの差があるが、彼は帝人の手料理を毎日食べたいと強く主張する。美味しいと大満足できるような味でもなければ、不味い訳でもない。褒める点が見つからないほど無難な料理であるのに、臨也は満足げに平らげてくれるから。彼が喜んでくれるだけでやり甲斐を見い出すことが出来た。
だが帝人だって、たまには臨也の手料理も味わいたいと思う。だから今朝臨也から「たまには夕食をご馳走するよ。手料理ね」と告げられた時は嬉しかった。今日は記念日でも何でもないけれど、明日が祝日であるせいだろうと思っていた。

「はい。楽しみにしてます」
「美味しいワインも仕入れてあるからさ。よし、じゃ仕事片付けちゃおうかね」

優美に笑む臨也は顔に掛る洗いざらしの黒髪を耳にかけると、気を取り直してPCに向う。
だが、次の瞬間。タイミングを見計らったかのように耳障りな着信音が鳴りだし、フロアに不快感を滲ませていく。
携帯を手にした臨也は液晶画面に視線を落とし発信元を確認したらしいが、その相手に不愉快な感情を抱いたらしく苛立ちを吐き出すようにチッ!と舌打ちをした。そして苦渋に満ちた表情を浮かべ、ピッと無慈悲な音を立て鳴り響く着信音を遮断する。

「しつこいな、もう。電源切っちゃお」
「臨也さん、い、いいんですか?」
「いいって。こんな客こっちから願い下げ。プライバシーまで踏み込まれるなんて勘弁して欲しいよ」