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官能小説家

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でも俺が思うにそれはステレオタイプの考えで、「好き=セックス=男が突っ込むもの」という一般的な二次方程式がこんがらがっているんだろうな、と。残念ながらその二次方程式にはいくつかの障害と罠とミスがある。それは、俺が男で俺の方が二倍はガタイがよくて二倍は年食ったおっさんで・・・ということなんだが青少年の真面目さで菊さんは俺を幸せにして俺を大切にして俺に突っ込んで俺を守って、ということをしたいらしい。でも身体は正直とは良く言ったもので菊さんのチンコは素直に拒絶している。そら俺がチンコでもおっさんの汚いケツよりは、女の子に突っ込みたいと思う。確実に。切実に。


そこそこ人気の官能小説家の俺がこんな状況になっているなんて、読者は誰も想像しないだろう、とぼんやり考える。
どんな仕事も長続きはせず、ぐだぐだと転職を繰り返すうちになんとなく小さな出版社でエロい小説を書く仕事にありつけた。一人で食うには困らない給料。何より在宅の仕事ってのが魅力だ。築40年のボロい平屋を借りて、だらだらと時間と趣味を潰しながら、とりあえず生きているわけだが、時々送られてくる「ファンレター」ってやつにゃセックスの指南を請う手紙も含まれているんだが、そいつに言ってやりたい。いっそ俺が教えてほしい、いや、このお子様に教えてやってくださいませ、と。


「勃たねえんだから、痛い過去作る前にもう止めときやしょう」
「嫌でずっ。わ、わた、わたし、私っ、サディクさんとヤるまで、あ゛ぎらめられ゛まぜんっ」
「いやぁ、でもその、こんなゴツゴツしたおっさん相手に普通は勃たねぇんじゃ…その、ビジュアル的にも汚いし」
「サディクさんは、ぎれいです」
「ああ・・・・・・そうデスカ・・・」

だらだらとすっかり飽きてビール飲みながら午後のニュースを見る。またどっかで通り魔があって、円の価値が下がって、動物園のラッコの赤ちゃんが生まれて可愛いですねで、四国のなんとかっていう花が満開らしい。同じようなニュースばかりがここ何年もずっと続いているような気がする。外はゆっくりと薄暗く青くなっていく。可愛いだけのお天気お姉さんの声と健太郎のぐずぐずと湿った音ばかりが部屋に広がって、圧迫される。

「その、菊さん。菊さんも学校に可愛い子とかいないんですかィ?それでなけりゃバイト先のお客なり仲間なりにきっと一人は良い子がいると思うんでぃ・・・。そしたら可愛い女の子となんだかんだでうにゃうにゃで結婚して家庭もって、あら、めでたしめでたしって事にはなりやせんかね?そしたらその、痛い自分史を作る前になんとかなるんじゃ・・・」
人生アドバイスのようなことを言いながら、しかし腹の中ではぶっちゃけどうでも良いと思っている自分を自覚する。自分で言っておきながら今更結婚だとか家庭だとか、そんな言葉はふわふわと宙に浮かんでしまう。今さら結婚して、親戚呼んで披露宴?いやー・・・ありえないな・・・。菊さんはバスタオルに顔を突っ込んだままぶんぶんと首を振る。

「サディクさんが良いんです。私、サディクさんが一番良いんです。サディクさんが好きなんです」
「いやぁ、でも、その、真面目そうな菊さんとこのただれきったおっさんの組み合わせっちゅうのはどう見てもおかしいでしょう・・・。というより、どう考えても俺が犯罪者です。俺が警察でも俺がタチでホモで少年愛の強姦魔だって思んですが・・・」
最近はどうも裁判員制度とやらも導入されるそうで、そうなりゃどう見ても俺が犯罪者だ。俺が万が一裁判員の立場だったとしても俺がネコでこの真面目そうな地味な青少年が俺を好きで掘ろうとしたなんて想像もつかないだろう。ビジュアル審査っていうのはある程度してしまうもんだ。

「・・・あの、うどんでも食いますか?」
菊さんがこくりと頷いて、俺は菊さんのその細くさらさらとした子供特有の髪を撫でて立ち上がる。まあシャツを脱がすことまではできたのは大きな成果か、と内心溜息を漏らして菊さんに脱がされたTシャツを着て部屋を出る。


俺に跨って、押し付けるだけのキスをして、ぎゅっ、ぎゅっ、とパンでもこねるように不器用に抱き締めて、よく分からないままにTシャツ脱がして、その後どうしても先へ進めずぐずぐずと泣き出す。嘘のようだがこれだけのことに一時間も掛かるのだ。俺はその間ずっとマグロ状態で転がりながら、なんだかなぁ…と、いっそ哀れにすら思いなが哲学めいたことをぼんやり考える。

結局学費は親戚のおばさんが出してくれたらしいし、菊さんも大人しく学校へ通っている。あいも変わらず母親は気まぐれに帰ってきては「菊!今新しいキャラクタービジネスやってるあるね!もう少し待つよろし!」と菊さんの頭を撫でて衣類を交換してまた出ていき、残された弟二人に妹の面倒をみる。普段はしっかり者のお兄ちゃん然とした菊さんのストレスの吐き出し口は、この俺の家で、そこに転がり込んではうだうだ泣いて、笑って、泣いて、また出て行く。菊さんは、箱庭の世界に生きている。高校出て、広いモン見たらすぐに俺なんか飽きて、焼却したい過去になるだろう。

俺もだらだらとくだらない小説を書きながら、気まぐれに適当な相手とセックスして、飯食いに行って、実家に少々仕送りして、菊さんの相手して・・・そんなことを繰り返しているうちに、ついこの間まで餓鬼だった会えば「しね、サディク」なんて呟いてくれるくっそ生意気な子供が大学生になったという。なんだかなぁ、と思う今日この頃。まあ、いつかなんか変わるだろう、と俺は今日もだらだらと生きていくんだと思います。まる。


泣きはらした目を真っ赤にして、鼻をぐずぐずと言わせながら、菊さんはおいしそうにうどんを食う。それを横目に見ながらビールを煽って、次の「どM女調教プレイ」という要望をぼんやり考えながら、国営放送の動物ものの番組を見る。どこぞの島国のなんとかとかいう魚はオスしかいないらしい。必要に応じてオスがメスに転生するんだという。器用な話だ。いっそ人間もそうだったら面白いだろう。はぁ、いっそ菊さんが女子高生だったら俺の書く妄想エロ小説まんまの世界だっていうのに。菊さんが女子高生だったら俺に突っ込みたいなんて世迷言は考えないだろうに、つかそもそもチンコがねえんだからな。ははっ。つかいざとなれば俺が掘ってやりゃ良いだけの話なんだけどな。


「サディクさん、私、サディクさんが好きです」
「・・・あ、ありがとうございます。俺も結構菊さんが好きです」


急に真っ直ぐで生真面目な目を黒々と濡れさせて菊さんが俺をじっと見て、また世迷言をぬかす。それに答えた言葉は暗に家族愛的な、保護者的な範囲で、って意味だったのに、菊さんは嬉しそうにはにかむ。その顔見てりゃなんとなく「まあいっか・・・」と思ってしまう俺はきっとまだまだもう少し、菊さんからは飽きないんだろう。まあ、菊さんが飽きるまでは付き合ってやるつもりでいる。

まだまだ長いであろう人生の通過点なんだろうけれど、この変な人のことは一生忘れないだろう、と俺は自覚しながら次のエロ小説のことをぼんやりと考えた。
作品名:官能小説家 作家名:山田