mariage
日差しは暖かいのに、木々の息吹を嫌がるように北風が横切り芽吹きを遅くさせている。
石造りの街なみも呼応するように底冷えさせ、人々は暖かさを待ち焦がれていた。
少しづつ日照時間が長くなってきたとはいえ朝晩の冷え込みはまだまだ代謝を鈍らせる。
春は遠く━━━━。
北部の山沿いは積雪のために旅は思うように進まず、体調管理もかねて一度ホームグラウンドに戻ることにしたエルリック兄弟は少なからず毒気を抜かれていた。
East stationについたとたん、何時もの閑散とした雰囲気は払拭されていて変わりにゴールドや、ピンクといった豪奢で女性の好きそうなカラーがちりばめられていた。
「場所間違えちゃいねぇよな・・?アル。」
何度も駅名のプレートとプラットホームの間を視線だけで行き来して反芻する。
「うん、確かにイーストシティに間違いないみたいだけど?」
なんでフリルやらリボンやらが飾られてるのか・・・。
出入り口の路上には花や、駄菓子、貴金属の出店で埋め尽くされていて何時もの田舎風なイメージとはかけ離れていて圧倒される。
取り残された感じの兄弟はそれでも柔軟な思考の持ち主だったので好奇心も合わせて個々の店を覗いてまわっていった。
「あの~カーニバルか何かあるんですか?」
厳つい鎧姿のアルフォンスはその姿からは想像つかないかわいらしい声で店の主人に質問してみた。
商売柄いろんな人種を見ているのだろう、特に驚きもせずに人好きのする笑顔で答えてくれた。
「あー、お客さん『渡り鳥』だね?なら知らなくても仕方ないねぇ。カーニバルと似たようなものさ、私らにとったらね。」
『渡り鳥』とは商売人のなかで使われる言葉で、定住しない出稼ぎ人やら金持ちの道楽でバカンスを楽しんで居る人のことをさすらしい。
「今年は例年に比べたら、一層派手だしねぇ。」
アルフォンスは長々と、おしゃべり好きのおばさんに付き合ってエドの我慢の限界がやってきた頃、欲しかった答えを貰った。
「Mariage(マリアージュ)?」
「そうそう。由来はさまざまだけど、相性とか幸せを意味する言葉らしいね。」
「何をするんですか?」
「そりゃあんた、大切な人とか、恋人とかと愛を確かめ合う日さね。」
そこでようやく二人はあの煌びやかなピンクのリボンの意味がよくわかった。
そんなお祭りあったっけ?
それはまだ思春期真っ只中の兄弟が思う当然の疑問でもあった。
何事も楽しいことに越したことはないわけではあるけれど。
お祭り好きの老将軍の下盛んになってきたのは推測するまでもないことだ。
浮かれ気分の街並みを愛でつつ、いつもの宿屋で過ごそうと思った二人は満室という憂き目に会い、仕方なく他も当たったのだが。
街中で盛り上げている祭りなだけに遠方からの旅行者も多く軒並み似たり寄ったりな状態だった為、最終手段として軍の宿舎を借りようと東方司令部へ立ち寄った。
・・・のだが。
「ここもかよ。」
思わずガックリとうな垂れてしまいそうになる。
門を入ったところまでは何時もと変わらなかったのに・・・。
女性仕官らはまぁ、置いておくとして。
汗臭さただよう猛者たちもどこかそわそわしていて身奇麗になっていた。
「いいのかぁ~~?いいのか、こんなんで。軍隊が・・・。」
「いいんじゃないのかな?たまにはこういう感じも・・・。」
ハハハ・・・。
兄弟それぞれの乾いた笑いを吐き出しながら当初の目的を果たすべくこの街の司令官の下へ歩みを進めた。
その途中でなじみの面々に遭遇する。
「お、大将~!!久しぶりじゃねぇかー。あいかわら・・・」
最後まで言わさずオートメイルの右手をちらつかせた。
「それ以上言ったら容赦しねぇぜ?少尉。」
顔は笑っていても殺気だけはしっかりとかもし出して予測出来うる禁句の言葉をさえぎった。
「エドワード君、こんにちは!」
穏やかなマイペースさを失わないフュリー曹長は笑顔全開で迎えてくれる。
何で軍に仕官しているのか不思議な人だ。
「こんにちはー!」
ここ東方司令部は俺たちの事情をわかっている数少ない人たち。
アルもなつっこい性格が反映してなじむのも早かった。
帰還の挨拶を一通りし終えたとき。
衝撃の具合をどう表現したらよいのか。
晴天の霹靂。
天変地異。
とにかく脳みそに手足が生えてブリッグズ山のてっぺんで腹筋する感じ。
この取り留めのない状況説明からして動揺の度合いが知れる。
和やかな雰囲気をぶち壊す言葉が投げられた。
「やぁ、お帰り、マイハニー。」
その場に居る者達全てが自分に向かって言われたのではないと思っただろう。
言葉を発した当人はアルカイックスマイルも堂に入った御仁で。
ここの最高責任者に全権を任されている司令官。
エドたちの後見人。
ロイ=マスタング大佐だった。
女っタラシの汚名までを武器に浮世を流す御仁の言葉を受けるべく女性を探したけれど、周りを見渡す限り姿は見えず。
おもーい空気だけが淀んでいた。
「なんだ、あまりに久しぶりで恋人の顔を忘れてしまったのかい?つれないね、ハニー。」
今度は明らかに特定の人物に投げた言葉なのは明らかだったが。
だれも投げられた台詞をキャッチしようなどと思うものは居なかった。
「あーあ、私のお気に入りのブロンドが台無しじゃないか。きちんと手入れするように言っておいただろう?」
コツコツと鉄板の入ったブーツのかかとをこれ見よがしに打ち鳴らし言葉を投げた人へ近づくと髪を一房掬い、自分の口元へ運び、そして・・・・口付けた。
「逢いたかったよ、ハニー。」
あくまで優雅なその行動は余人の口を挟む隙を与えず。
当人の意思を無視して事態は展開していた。
「ふ・・・・フザケンな━━━━━━━━!!」
大佐が誰に向かって言葉を投げていたのかこの時になってようやくその場に居た全員が理解した。
いちいち心臓に悪いからかい方をしないで欲しいと願う部下の面々。
上司のたちの悪い暇つぶしに付き合っていられないとそそくさとその場を離れた。
唯一無二の弟にまで置いてきぼりを食らったエドは怒りの鉄槌を食らわすべく両手を合わせ臨戦態勢をとった。
「私はいつでも真面目だがね。照れなくてもいいんだよ?」
「照れてなんかいねぇ!その口を塞いでやろうってんだよ!」
右腕を斜め下から振り上げ、避けられるのを見越してすかさず左腕もわき腹を目指すがあえなくかわされた。
スタンスを大きくとり、射程距離を詰めようとするが、小憎らしいことに、一種闘牛士のような動きで軍服の裾を翻し背後から抵抗むなしく捕らえられてしまった。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。私に逢えて嬉しいのはわかるがね。」
「誰がそんなこといってるかーーーーー!」