となりのかめさん
冗談に怯える陽介を見ていると、その期待に応えたくなるのだがどうにか欲望を抑え込んで、『気を付け』の姿勢になった陽介をも押さえ込んだ。腕の中にある身体は矢張り固く構えているけれども、根気強く解していく。力抜いてと囁くと、なら放せと反論されるが。
「駄目。矯正」
「強制?」
「お前が亀みたいに丸くならないで眠れるように、矯正。ちゃんと押さえてるから、手も脚も目一杯伸ばして脱力し切って寝なさい」
母親の如き慈愛で以て諭し、おやすみのキスをすると陽介の抵抗が止んだ。かと思えば、抱き締めた身体がかちんかちんに硬直する。これには那須も狼狽させられた。……これでは逆効果だ。
「陽介。力抜けって……」
「こ、これで緊張するなって方がムリだっつーの!」
「じゃあ、力を入れたくても入れられないようにしてやろうか?」
「や、遠慮します……って、だから! 耳! 舐めん……ッ!」
「あんまり声出すなよ。……その気になるから」
「だ・れ・が! 出させてんだよ! もーフツーに寝かせて……」
「うん。リラックスして、深呼吸して普通にお眠り」
「…………ん、」
おやすみ。と言ってから陽介が眠りに就くまでは早かった。
騒ぎ疲れたのだろうか、うとうと夢と現の狭間で揺れる内に背筋の張りが解れ、だらんと垂れ下がった手が那須の脚に触れ、やがて瞼が完全に下りる。睫毛をなぞると、んん、と身動ぎしてより那須との距離が縮まった。弛緩して重くなった頭部がコテン、とこの肩に沈む。預けられた重みに心からの安堵と浅ましい満足を覚えた。
これで朝、彼が起きて筋を違えたり手足を痺れさせたりすることがなくなるのなら嬉しい、という感情が一つ。その一方で、自分の前で気を張り巡らせている陽介は許せない、という感情が一つ。
他の人間の前ではどうあれ、自分の前ではいつ何時でも素のままでいてほしいという願いは身勝手以外の何物でもない。だけども、決して譲れない思いでもあった。――いつしか、犬猫よりも可愛くて、親友よりも大切で、仲間と純粋な気持ちでは呼べなくなる程に愛しくなっていた相手に飽きることのないキスをして、那須も目を瞑る。漆黒の帳が落ちた世界に、陽介の匂いがふわりと広がった。
「陽介――…」
だから、おやすみ。おやすみ。愛する我が相棒へと告げ、天に祈って眠る。おやすみ、どうか――…良い夢を。
* * * * *
十二月の半ばになれば、朝だろうと寒い。
「そういえば、最近は全然丸まらなくなったな」
携帯のアラームよりも先に寒さで叩き起こされた那須が言うと、全く同じ理由で目を覚ましていた陽介が「そういや、そうだな」と頷いた。午前五時の堂島邸。菜々子や堂島が入院してからというもの、那須の世話を焼いて頻繁に泊まりに来ている陽介だが、丸くなって眠る姿はあれ以来一度も見ていない。今だって長い脚が那須の布団まで伸びている位だ。……それはまた、こちらの脚と擦り合わせて温まろうという魂胆の為なのだが、大きく広げた腕が那須の肩に当たったり、寝惚けて布団の端まで転がっていくことはあっても、起きて手足が痛いと言ったことはない。すっかり緊張を克服した陽介は「お前のお蔭かもな」と照れ笑いを浮かべた。
「自覚したのが良かったんじゃないか。何はともあれ、良かった」
「ん。……つっても、あれからお前としか寝てないから、他の奴とだったらやっぱ無理かも知れないけど」
「そういうことを言うなよ。……自惚れるだろ」
この独占欲を満たすような言葉に興奮して脚を絡めると、さっきまでシーツの上でぶらぶらしていた脚の筋がぴんと張ったのが感じ取れた。顔色を窺えばほんのりと朱に染まっており、相変わらず面に出易いタチだなと呆れる。しかしその一秒後には、そんな分かり易い性格も可愛らしいと思うのだから、本当に呆れるべきは自分自身なのかも知れない。……ようすけ、と。
そろそろと脚を引いて、手を戻し、赤い顔を隠すように俯いてしまった彼の名を呼んで、丸くなった背中に手を掛ける。抱く分には丁度良いサイズの陽介は、正に据え膳といった風で。
「もう一眠りしようか。……お互いに少し温まってから」
「…………勝手にしろ」
吐き捨てて、そっぽを向いた陽介に顔中の筋肉を緩めた那須は、その引っ込めた首に唇を寄せ、頬と同じ色の印を付けたのだった。