君という世界で息をする
「ねぇ、ミカド」
「っ……」
「俺もね、本当に世界なんてどうでもいいんだよ。だけど、見えたらいいなって思うことも、ある」
ちょっとだけ困った風に笑って吐き出された言葉に、ミカドは息を呑む。
あぁやっぱり、という感情が胸を占めて苦しくなる。
イザヤさん、と名を呼ぼうとしたが、それよりも早くにイザヤがミカドに向かって語りかける。
「それはね、唯一見たいものがあるからなんだよ」
「みたい、もの…?」
「うん、」
君の、笑顔だよ。
酷く綺麗な笑顔をその顔に浮かべて、イザヤはそう言った。
頭の中でその言葉を反芻して漸く意味を理解すると、ミカドは息をするのも忘れてイザヤを見つめる。
限界まで開かれた双眸が一度瞬かれると、それを合図のように次々に雫が頬を濡らし始める。
小さな嗚咽がイザヤの耳に届くと、イザヤは帝人の頬にそっと手で触れた。
イザヤが濡れるのも構わずにミカドの涙を拭うけれど、それは一向に止まる気配がない。
それでもイザヤは優しい手つきで涙を拭い、柔らかく笑った。
「俺はミカドの笑顔が見たい、大好きなミカドの笑顔を知りたい」
「それが唯一、俺の見たいものだよ」
だからもし、いつかそんな時がきたならば。
「俺の傍で、笑ってくれる?」
「………はい、イザヤさん」
貴方の目に、光を。
そして、
「大好きな貴方に……一番のものを」
そして、笑顔を。
帝人はまた涙を一粒溢して、笑った。
(与えられたのなら、何と幸福なことでしょう)
君という世界で息をする
(どうかずっと光の中に、君がいますように)
作品名:君という世界で息をする 作家名:朱紅(氷刹)