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フライパン
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竜也が自宅の玄関を開けると、玄関には弟のものでも自分のものでもない、しかしどこか見覚えのある靴が二足余計に転がっていた。ああ、きっとまた弟の親友の二人が泊まりに来ているのだろう。

玄関もそこから続く廊下も電気は消えて、家の中は静まり返っている。時刻は午前二時。昔からの趣味だった、深夜にふらふらと町内を徘徊して回るのは高校に入って二年が経つ今も健在だ。両親はもう寝ている時間だし、弟達も起きているのならここまで静かということはないだろうから、きっともう寝てしまっているのだろう。

皆を起こさないように音を立てずにドアを閉じて、気配を殺して廊下を歩く。その途中、リビング奥の台所がちらっと眼に入り、そこに立つ人影に気づき――竜也は、ぎょっとして思わず立ち止まった。


少年がひとりそこにいた。
うなじを隠すほどの黒髪に華奢な体躯。ちらりと見える横顔のラインは整っていて、長いまつげが綺麗な陰影をその頬に落とす。これはどうやら弟のものらしいTシャツの袖からしなやかにのびる腕が、窓から差し込む月光に照らされて暗闇の中で不気味なほどに白く浮かび上がる。

(……俺…?――いや、あれは)

その姿は、少し冷静になってみれば、弟の親友のうちのひとりであることはすぐに分かるのだが、一瞬その姿が昔の自分のように思えて、心臓がばくばくと高鳴るのを止められない。確かに昔から実の弟よりもそっくりだとよくいわれてきたものだが、まさか自分自身が見間違うとは思っていなかった。

椎名はどうやら水でも飲みにきたらしい。傍らに置かれたミネラルウォーターのペットボトルがきらりと光るのが見えた。
声をかけようと一歩を踏み出しかけた竜也の足が止まった。別の声が聞こえたからだ。

「俺にも」

弟の声だった。

中学に入って声変わりが始まり、昔よりずっと低くなった声。短い言葉だし聞きなれた声のはずなのに、その声にいつもとは違う響きを感じ、竜也はその得体の知れない違和感に戸惑いつつも何故だか姿を見せないほうがいいような気がして、そっと身を隠して台所のふたりのようすを伺った。

「起こした?」
「や、別に。起きたらお前、いねーんだもんよ」

椎名の差し出すミネラルウォーターの入ったコップを一気に空にすると、ふぅっとひとつ息を吐く。

別にどうということはない他愛のない会話。やはりさっき感じた違和感は気のせいだったのか――否、そうであってほしいと心の中で誰かが告げる。

だが、目をそらそうとしたその瞬間、「――椎名、」という弟の明らかに違う声音の声が聞こえて、再び台所のふたりに視線を戻した竜也は思わず目を見張った。

作品名: 作家名:フライパン