Iの2乗が持つ答え
それに、と言い掛けて、言い難そうに言葉を濁らす。
セルティはPDAに『?』を打ち、帝人の言葉を待った。
あー、や、うー、と言った喃語を繰り返し、頬に熱を溜めた帝人は身内の恥を晒すかのように小さくなり、ごにょごにょと密やかな声で呟いた。
「・・・それに、セルティさんにこんなこというのもアレなんですけど、その・・・僕達、つまりそういうこともまだ、でして・・・・・・」
そういうこと、と指示語を用いた帝人の意図を汲もうとして、セルティは“そういう”ことを考えてみた。
そして、盛大に肩を跳ねさせる。
『みっ、帝人!!?』
「すっ、済みません!こんな下世話な話!!わっ、忘れて下さい!!!」
両手で顔を覆って伏せてしまった少年は、生娘のような反応で身を縮こませた。
セルティはわたわたと両手を振って少年を宥めに掛かる。
『いや!無理に訊こうとしたのは私の方だ!だから気にするな帝人!ちょっと驚いただけだから!!』
「うぅぅ・・・女性であるセルティさんにこんな話を聞かせるなんて・・・」
自己嫌悪と羞恥に塗れた少年の肩を、セルティは優しく叩いてやる。
そうしている内に、少し落ち着いたのか帝人はのろのろと顔を上げた。未だ赤いままではあったが。
「御免なさい、取り乱して。」
『大丈夫だ、新羅に比べれば帝人のなんて可愛いものさ。』
セルティの冗談に帝人は少し肩の力を抜くと、ゆるりと苦笑を浮かべる。
「えっと、その・・・先程の話ですけど。だから、ひょっとして静雄さんも、僕のこと、もう1人の弟か何かと思ってるんじゃないかなぁ、って。」
弟、の言葉に、セルティは静雄の実弟の顔を思い浮かべた。
日本国民の大部分が知っているであろうその名と顔。怜悧でクールな美貌の持ち主、国民的人気俳優の、羽島幽平こと、平和島幽。
先程抱いた考えが帝人の懸念と合致してしまい、セルティは一瞬、掛ける言葉に惑う。
そうしたセルティの内心を読み取って、緩く帝人は首を横に振った。
「いいんです、セルティさん。静雄さんが幸せならそれで良いし、僕だって今で十分幸せですから。本音を言うと、そういうことに対する不安もあったりするので、時が来れば解決する問題かなぁ、とは思ってるんです。」
だから、気にしないで、と。
大人びた微笑を浮かべた少年は、橙に燃える太陽を背負い、夕暮れの中をセルティと別れて帰って行った。
*****
その、数日後。
『―――・・・と、いうことがあったんだが。静雄。』
セルティはその日、丁度仕事帰りの静雄とばったり出くわした。
一言二言言葉を交わして別れる、というのが通例であったのだが、この時は偶にある例外、静雄がセルティに悩みを打ち明ける、の逆パターンで、セルティが静雄を捕まえて話をする、という珍しいことが起こった。
というのも、セルティは、先日会った帝人の切なげな表情が忘れられなかったからである。
こういったことは当人達の問題なのでセルティも口出しすべきではないかと思ったが、中々にじれったい2人な上、この平和島静雄という男は今時珍しい程に奥手で純情な男だった。
誰かが発破をかけてやらねば帝人がいらぬ苦労をするのではないか。そう考えたセルティは馬に蹴られる事を承知で静雄を公園に引き摺りこんだのだ。
黙って真顔で話を聞いていた当人達の片割れである静雄は、聞き終わると神妙な顔付で1つ、重い溜息を吐いた。
「・・・それ、竜ヶ峰が言ってたのか?」
『あぁ、まぁ。あっ、だからって帝人を責めたりとかするなよ?私が訊いたことだし、静雄に話が通ってるなんて、きっと向こうは思って無いんだろうからな。』
「しねぇよ。」
眉根を寄せてクシャリと笑った静雄は、藍色の空を見上げてふぅ、と息を吐く。
火を点けただけでただ徒に燃えて行く煙草が、次第に短くなっていく。
そして、空いた手で金糸を乱雑に掻き上げると、「怖ぇんだよ。」、と、澄んだ空気にそのまま溶けて行きそうな程細い声で呟いた。
「アイツに触れるのも、何もかも。大事過ぎて、な。ハハッ、女々しいな俺も。」
『静雄・・・』
「帝人の不満も不安も最もだと思うが。でも、俺もアイツと一緒で、一緒に居られるだけで幸せなんだ、一杯一杯なんだよな。まぁ、欲を言えば、偶にそういう気分になることも、あるにはあるんだけどよ。」
苦笑すると、ピンッ、と手に持っていた煙草を地面に落とし、靴で火を揉み消した。
「なんつーか、竜ヶ峰は、俺の理想なんだよな、存在が。俺がずっと欲しくて仕方無かった平穏とか平凡とか、日常とか、詰め込んだらあんな感じだろ。友達とか家族とか、っつーより、崇拝に近いんじゃねぇの?」
聖域とか、いうアレだろ。
何でもない様にいう静雄は、未だに空高く星も見えない夜も間際の藍を見詰めたままである。
「だから、大事にしたいし、汚せねぇし。触れるのも躊躇うってんだよなぁ。」
漸くセルティへと視線を寄越した静雄に浮かんでいた表情は、慈愛に満ちたものだった。
思い描く先は、きっと帝人なのだろう。
「まっ、竜ヶ峰のいう通り、今の所は俺も、無理に先に進めるつもりはねぇよ。こんなことセルティにいうのもなんだけどよ、やっぱ、勉強しとかなきゃ大変なのはアイツだろ?」
だから、どちらにしても時間が必要なのだと。
納得したように頷く静雄を見るセルティには、ある1つの考えが湧き上がっていた。
誤魔化す様に、肩を竦めてPDAに打ち込む。
『取り敢えず、帝人のこと、名前で呼んでやったらどうだ?いつまでも名字は他人行儀だろう?』
言えば、池袋の住人に恐れられる自動喧嘩人形は、薄暗い中でも分かる程にサッと朱を刷くと、ブリキのおもちゃのようにコクリと首を縦に動かして、セルティの許を去って行った。
向かう方角を見るに、件の少年の所へ向かっているのかもしれない。
1人残った妖精、デュラハンのセルティ・ストゥルルソンは、思う。
人間で言う恋愛感情などは、中々想像も理屈も分からないけれど。
あの、正反対のようで何所か似ている2人が抱く感情は、きっと同じなのではなかろうかと。
それは、友達でも家族でもなくて。
(あぁ、臨也みたいで嫌だけど。)
でも、きっと口に出して言うならばそれは。
友情でも思慕でもなくて
-愛- である、と。