はぴたぬ!
「だからダンゴムシは持ち込むなって言ってるだろこのナマモノが!!」
『だからタヌはナマモノじゃないって言ってるも!!』
「うるさい黙れナマモノはナマモノらしく外に出てろ!!」
『イヤだも外は寒いも!!』
「ナマモノのくせに生意気言うな!!」
『タヌだって寒いのは寒いんだも!!あんずはいじわるだも!!』
「あー…まーたやってるよあの2人―――…いや、1人と1匹?」
「どっちでもいいだろこの際。」
「仲良いなぁ…うん、喜ばしいことだ。」
あれから月日が経ち、
最初はゴミを捨てに行ったはずのウェイターが
たぬきを連れて帰って来たことに驚いていたスタッフたちも、
時間が経つにつれたぬきを仲間として受け入れていました。
ウェイターの介抱のおかげでたぬきはすぐに回復し、
そしていつしかお店のマスコットキャラクターとなり、
ウェイターとたぬきのコンビは最早名物となっていました。
「じゃ、あんずさん、後はお願いしますね。」
「お先に失礼しまーっす!」
「お疲れ様でしたーっ!!」
「みなさんお疲れ様でした。気をつけて帰って下さいね。」
『おつかれでしたもー!!』
冬の寒い日。
みんなが帰り、1人と1匹だけになった店内。
静けさだけが残るそのフロアで、
ウェイターとたぬきは店の後片付けをしていました。
「おいナマモノ。」
『も?』
「返事した、ってことはナマモノなんだな、お前。」
『もっ?!ち、ちがうも!タヌはナマモノじゃないも!!』
最後の仕上げでフロアのイスとテーブルを拭きながら、
ウェイターはたぬきに声をかけました。
「どうでも良いけど、冷蔵庫の中のもの取って来い。」
『タヌはパシリじゃないも!あんずが自分で取ればいいも!』
「いいから取って来い。」
『ふーんだ。タヌはパシリじゃないからやらないも!』
「取って来いって言ってるだろこのアホタヌキが!!」
『い…いひゃいいひゃい…!!
ッ……わかったも!取ってくればいんだも取ってくれば!!』
「最初から大人しく従えばいいんだよこのナマモノめが。」
『あんずのきちくドSウェイター…タヌぎゃくたいでバチが当たればいいも………』
「たぬき鍋にするぞ」
『ッ!!!』
ウェイターに口の両端を引っ張られ、
観念したたぬきは冷蔵庫に向かって歩き出しました。
まだヒリヒリ痛む頬をさすりながら小声で呟くと、
どこまで地獄耳なのか、とんでもない言葉がウェイターから飛んできました。
その声に心の底から身の危険を感じつつ、
たぬきは言われたとおりに冷蔵庫のドアを開けました。
『まったく…なんてタヌづかいのあらいニンゲンだ…も………』
冷蔵庫の中身を見て、たぬきは一瞬目を疑いました。
まさか、そんなことがあるわけがない。
そう思いながらも、たぬきは冷蔵庫の中身を取り出しました。
『けー…き………』
たぬきの手の上には、お皿に乗った一切れのケーキ。
チョコプレートにはメッセージが書いてありました。
『はっぴーばーすでー……た…ぬ………』
そのメッセージを読み上げて、
たぬきはハッとしてウェイターの方を見ました。
『あんずこれっ…!!』
自分には、誕生日はないはずなのに。
あったけれど、それはもう遠い昔で、誰も知っているはずがないのに。
そう思いながら、たぬきはケーキに書かれたメッセージを見つめました。
「ちょうど1年前、どこかのナマモノがうちの店の前に落ちてたらしくてね。
そのまま捨てておけばいいのに、どこかの誰かが拾ったらしくて。」
『あんず………』
「お客さんに出してたケーキが余ったらしくて、
どこかの誰かが気まぐれでプレートまで付けたらしいね。」
『・・・・・・・・・』
興味がなさそうに机を拭いたまま、
目も合わさずにウェイターはそう言いましたが、たぬきは知っていました。
今日お客様に出していたケーキは別の種類だったことも。
ウェイターがいつも誕生日のお客様にはプレートにメッセージを入れていることも。
あの日拾ってくれた誰かが、どこかのウェイターと同じニオイをしていたことも。
『っ・・・・・・』
ケーキを見つめたまま、たぬきは涙を抑えることが出来ませんでした。
止めようと思っても次から次へと涙は溢れ出てきて、
たぬきはどうやって止めたら良いのかわかりませんでした。
1年前のあの日流した涙はとても冷たくて。
痛くて淋しくて苦しくてどうしようもなくて。
だけど今日は、痛くも淋しくも苦しくもないはずなのに、
あの日以上に涙が止まりませんでした。
「おいナマモノ。泣くな。折角のケーキが台無しになるだろ。」
『なっ…泣いてないっ…もっ…!!』
「フッ・・・・・・アホタヌキが。」
誰がどう聞いても涙混じりのその声を聞いて、
ウェイターは顔を伏せたまま静かに優しく笑いました。
『あ…あん…ずっ………!』
「なんだナマモノ?」
『きょっ…今日だけはっ…ナマモノってよんでもゆるしてあげるっ…もっ…!!
そんでっ…えっと…そのっ………ありがとうだもっ!!』
「………ってどこかの誰かに伝えといてやるよ。」
たぬきは涙を流したまま、それでも一生懸命笑いました。
そしてその言葉を聞いたウェイターは、今日1番、柔らかく笑ったのでした。
おしまい。