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沖田があっと思った時には、既に体が宙に浮いていた。
でも、それは錯覚だと次の瞬間自覚する。浮いてるんじゃなくて、ましてや飛んでいるんでもなくて落ちているのだ。現在進行形で。

当たり前だった。だって沖田は鳥の翼もスーパーマンのマントも、重力を打ち負かす術は何一つ持ってない。従って欄干の、むこっかわへ重心が傾いたのだから当然の結果だった。先日の大雨で増水している川へ真っ逆さま。

「───うえッ!?」

それはそれは激しい水しぶきがあがったそうな。
噴水みたいだった、というのは目撃者談。




けたたましいサイレンを鳴らして到着したパトカーから血相を変えた土方が飛び出して来て、濡れ鼠さながらの姿のまま河原でガタガタ震える沖田の元へ駆けよって来る。時代劇の拷問のワンシーンみたいに大仰に縄で縛られた指名手配犯が沖田のすぐ隣で気を失って転がっているのにも、沖田たちを興味本意で取り囲むギャラリー、もとい江戸の一般市民の皆様方にもちらっとも視線を投げない。そんな土方の様子を震える視界の中で見て、沖田はどんだけ必死なんだろうあの人は、と思った。そして同時に笑いが込み上げてきたけれど、生憎寒さで強張った頬は動かなかった。代わりに歯の根が合わずカチカチと鳴る。

「総悟っ」

沖田の見事な寒中水泳に、川縁へたどり着いた時には拍手があがったくらいだった。プチ余興の舞台になった橋とその周辺には、だから未だ野次馬がわらわらと群がっていたけれど、それを掻きわけ掻きわけ土方はやっと沖田の元まで辿りつく。沖田の可哀想な姿に土方はひどい顔をして、蝋人形の様な沖田の頬に手を伸ばした。暫しのタイムラグを乗り越え土方の指先からじんわりと、沖田へ熱が伝ってくる。

巡回中にホシと出くわし、追いかけて捕まえたところまでは当然の流れだった。しかし、まさかお縄に着いた彼が(沖田のドSの餌食となって文字通り縄で雁字搦めに拘束されていた彼が、緊縛の身でなお)欄干から投身するとは思いもしなかったわけで。

ご機嫌で縄の端っこを握っていた沖田ももれなく一緒に真冬の川へ招かれた。

なんだそれコントか。とは土方の台詞だった。手早く沖田を毛布で包みながら土方が言った。短じか過ぎる返答に、歯の根の合わないながらも必死で説明してやったというのにそのリアクションはどうかと沖田は思う。

「もっと気の利いた…台詞は寄越せないんですかィ…」
「うるせえもう喋るな。」

ひでェ面ァしやがってと苦々しく毒付かれて沖田はとりあえず黙る。鏡なんかに映さなくたってくちびるが紫になっていることくらいは沖田とて一応自覚があるので死人みたいな面になっているんだろうとぼんやり思う。それなのに、本当に黙ったら本当に死体みたいに見えてきたのか黙るなと、一瞬前とは真逆の命令が飛んできた。全く、土方さんはワガママで困るなあと震える声で呟きながら沖田は、暖をとるため目の前の黒い隊服にしがみ付いてみた。土方が一瞬体をこわばらせたのには気が付かなかった。隊服に染みついているはずの煙草の匂いが、何故かわからなかったのできつく身を寄せる。

厳重に毛布で梱包された沖田は、土方の手によって些か手荒に屯所へと運搬された。ギャラリーが波のように引いて、ふたたび北風の吹き抜けるだけの長閑な川縁が戻って来たのはそのすぐ後のことだった。




風呂からあがってほくほくしながら沖田が自室へ戻ってみると、何故かそこには険しい顔をした土方が居た。沖田が部屋の入口で頭の上に疑問符を浮かべていると、わざわざ腰を上げた土方が沖田の腕を引いて中へ導く。

「なんで居ンの」

問いに答えはもらず、沖田が首にかけていたタオルが土方に攫われる。向き合って座るよう促されて腰を下ろすとやわらかい布越しにわしゃわしゃと髪を拭われた。一通り拭き終わるまで何を聞いても答えを貰えなかったから最終的に沖田も黙ってされるがまま身を任せる。

「総悟」

やがて名を呼ばれて、知らず閉じていた目を開ける。正面に座る土方と目が合う。
骨ばった温い手が、河原で一番にしたように沖田の頬へ伸ばされて両頬を覆うように包みこんだ。

「ちゃんと体、温まったか」
「へえ」
「だいぶ血の気は戻って来たか」

沖田の頬に手を添えたまま、親指で唇をなぞって土方は確認するように呟く。確かに、パトに乗り込む時ちらっと視界に映ったサイドミラー越しの沖田の顔は沖田自身もびっくりするくらい血の気がなかった。でも、河原で震えていた沖田を目にした土方の方がよっぽど酷い顔色をしていた気もする。

「ったくお前は、どうしてこうも騒ぎばかりを起こすんだ」
「なんでェそれ。今回はお手柄じゃねーですかィ。ほめてくれても構いやせんぜ」
「あのなあ、だいたいお前は、ふざけたアイマスクして寝てるか寝たふりしてるかで内勤はてんでやらねえし、たまに真面目に巡回に行ったと思えば万事屋と悪巧みしてたり人の名前でつけて駄菓子貪ってたり。バズーカで民家に被害を出すわ交通機関に混乱を与えるわ、朝刊の1面に写真つきで批判報道出されるようなことばかっりしでかしてるじゃねーか」
「へいへい。もー小言なら間に合ってまさァ。」

風呂の手配をしてくれた山崎に、もう散々おかーさん的小言を食らった。これ以上は必要ないので沖田は首を振る。それでも土方がなおも説教を続けようとするから、彼が口を開く前に沖田が口を開いた。沖田にだって言い分はある。

「それじゃあこっちも言わせてもらいやすけどね、俺がせっかく真面目に書類まとめようとしてるところを見ては落書きするなだの紙飛行機にするなだの、ちょっと休憩してりゃあやれ寝るなだのサボるなだの、それじゃあってんで街に出れば、ガキと遊ぶな寄り道はするなときた。けどねえ、言っとっけどあんたが思ってる以上に俺ァ真面目に働いてやすぜ」
「なにが真面目だ。今回だって、ホシのことめためたに締め上げやがって。あっちも半泣きだったが解くこっちも半泣きだぞ!」
「なんですか。上手く解けなかったからって八つ当たりですか」
「違ェよ、どうしてそうなる」
「それじゃあさあ。この際だからはっきりさせやしょうか。ねえ土方さん。あんたは俺がどうしたら満足なんですかィ。あんたは俺をどうしたいの」
「どう、って………。」

土方が、口ごもる。

やおら派手な喧嘩に傾きそうだった部屋の剣呑な空気が瞬く間に違う色に塗り替わって、水に落ちた時と同様、いやそれ以上の息苦しさを感じて沖田は風呂場へ置いてきたはずの寒さを思い出す。

「ちょっと待ってくだせぇなんでここで顔赤らめて黙るんですか」

話していたのはあくまで仕事上の沖田の勤務態度であって、それ以上でも以下でもないのに土方が咄嗟に見せた反応は著しくこの場にそぐわない。沖田の方も驚いてしまって、土方を咎めるはずの声がおもわず裏返りそうになった。土方の思考回路がわからない。一体何をどう解釈した結果どういう結論が導き出されてそういう反応を示すに至ったのか、頭の悪い沖田にもわかるようにぜひとも懇切丁寧に説明してもらいたかった。


作品名:fall in 作家名:まや