軍パロ
銃声が止んだ。しかし敵兵の足音や戦車のキャタピラが鳴らす音は止まない。こちら側の残党を探しているようだった。
不意に臨也が胸ポケットに入れていた無線機に音が入った。引き上げの合図である。
「やっとか……」
「遅すぎ」
しかし静雄の無線は反応していなかった。それを特に静雄は気にすることは無かった。むしろ、気にもかけていなかっただろう。それは臨也の想定の内だった。向こうはおそらく自分と静雄が一緒にいることには気づいていない。
「走るぞ」
「言われなくとも」
まぁ、帰っても君の居場所はないと思うけどね。
その言葉は言わずに、袖口とブーツの内側にナイフを隠していることを確認して、臨也は静雄の後を追った。
基地までは直線で数キロメートル。疲弊した体には酷だが走れない距離ではない。盾となる瓦礫の多い道を選択し、周りに注意を払いながら二人は走った。戦場となった街の様子は酷いものだった。無事な建物は一つとない。辛うじてバランスを保って立っているビルはあるが、ふとした拍子に壊れかねない。舗装されていた道はアスファルトがはがれ、砂の地面が露わになり煙っていた。ところどころ、瓦礫には赤黒い飛沫が散っていた。横転したらしい戦車からはガソリンが漏れ、いつ引火するともわからない。先ほどまでの轟音のせいで静けさを感じた。気持ち悪いぐらいの静けさだった。敵方の戦車のエンジンが遠い。いや実際はそんなに遠くないのだろうが、轟音で耳がやられているのかもしれない。
途中ライフルを持った敵の一団を見つけ、二人は瓦礫に身を隠した。勘のいいやつだったようで、二、三発先ほどまでいた場所に発砲された。しかしそれ以上はなく、彼らは周りを警戒しながら歩いて行った。
「危なかったな……」
「やるねー」
瓦礫から様子を覗うと、再度二人は駆けだした。
何事もなく基地にたどり着けるとは思っていないがとにかく走れるだけ走った。静雄も同じ考えのようで、まわりを確認しながらも走ることに集中していた。
途中、臨也は脇を見て目を見開いた。
「!」
鉄筋がむき出しになったビルの上、こちらを見て銃を構えている軍人がいた。纏う服は自軍の兵士のもの。そしてその照準は自分を捉えていなかった。赤いレーザスコープが静雄へと蛇行した。
思わず踏み込み、前を走る静雄を突き飛ばした。
「ッ!」
突然押され、静雄はバランスを崩して前に傾き、瓦礫の陰に滑り入った。直後、地面が爆ぜる音が鳴った。銃声はない。サイレンサーだった。臨也はすぐに態勢を立て直し、自作の爆薬を投げつけた。外すとは思っていなかった軍人は反応が遅れ、そのまま爆発に巻き込まれた。殺人用ではないので殺傷能力は低いが、気の立った軍人を驚かすには十分だった。
突き飛ばされた静雄は起き上がると、臨也を振り返った。
「なにしやが」
「走れ!」
その突然の大きな声に静雄は抗議の言葉を飲み込み、走り出した。その後を、臨也は追った。これで自分が彼らに背いたことは確実に伝わる。
「こっち!」
真っ直ぐ正直に基地に戻ろうとする静雄の腕を引き、臨也は道をそれた。
「おい、そっちじゃねえだろ」
「いいから来る!」
ちらりと上を見上げると、先ほどの兵士が再度銃を構えていた。思ったより早かったな。臨也は舌打ちをすると、静雄の方を見た。
静雄は臨也と同様、先ほどまで上を見ていたようだった。下を向いたその顔は驚いていたが、わずかに納得したような諦観も含んでいた。
銃声に追われるように、二人は戦場を駆けた。