軍パロ
夜。
ついに基地に戻ることは無かった。静雄は臨也に引かれながら荒廃した建物の中に入った。そこにはブランケットや食料など自軍の配給物が置いてあった。臨也が用意したものだ。静雄は思った。戦場に似つかわしくない、穏やかな時間だった。お互い無言のまま、月の光が差す廃墟を眺めた。恐らくもともと解体予定の建物だったのだろう。コンクリートの柱が立つだけで、机も椅子も何もなかった。
臨也はそうだと言わんばかりに立ち上がり、置いていた機材を組み立て、ヘッドフォンを耳に掛けた。するとノイズ交じりに音声が入ってきた。どうやら基地に残してきた盗聴器はまだ見つかっていないようだった。会議室の中は静雄の生存と自分の謀反に慌てていた。謀反の相手が臨也でなければここまで大事にはならなかっただろう。
「基地には帰れそうにないね」
ヘッドフォンを外して、臨也は言った。
「……」
静雄は壁際に寄り、肩からブランケットをかけ、俯いていた。
「あいつ、味方だったよな」
「うん。第八部隊の隊長だ」
臨也は淡々と答えた。彼は軍によく従い、また静雄にも比較的友好的だった。これが最悪の関係で、お互い嫌悪しかなかったらどんなに良かっただろうか。彼はどんな気持ちで静雄をスコープの先から見ていたのだろうか。仲間か。人間か。化け物か。それは臨也もあずかり知らぬところだった。
静雄は膝を額によせ、長い息を吐いた。
「絶望した?」
臨也は静雄の横に腰を下ろし、静かに問いかけた。
「……お前は知ってたんだな」
静雄は自分が被っているブランケットや食料の入った荷物を見て言った。用意が周到すぎた。確実でない限り、こんな無駄なことはしないだろう。
「盗聴器をちょっと置いておいたんだよ」
人に使われるのって心底嫌いだからさ。
臨也は口元に笑みを浮かべながら言った。
「それに、他人の都合でシズちゃんが死ぬのは嫌だから」
同時に、遠くで爆発音がした。
「なっ!」
思わず静雄は立ち上がった。その爆音は自分たちの陣地の方向からだった。あわてて廃墟から駆け出して見れば、自分たちの吉は煌々と明るかった。
「お前!」
そして激情に任せ、静雄の後を追ってきた臨也の胸倉を掴んだ。
「別に俺は悪いことはしていないよ?」
肩をすくめ、臨也は静雄の手に手を重ねた。
「軍の大事な兵器を壊そうとした反逆者を粛清しましたって言っちゃえば良いんだから」
そう言って、臨也はレコーダーを振った。恐らく今回の作戦会議の音声が入っているのだろう。しかしそんな上層たちのことはどうでもよかった。静雄にとって心配だったのは彼らに動かされている側の人間たちだった。
「下の奴らは関係ないだろ!」
「彼らは、まぁ逃げれば大丈夫なんじゃない?」
あくまで臨也は冷静だった。静雄はその態度にさらに神経を逆撫でされたが、踏みとどまった。
「死にたくなければ一時に荷物持って集合ってことで二キロ離れた山間を集合場所にしておいたから」
「……」
静雄は手を離し、数歩下がった。
「とりあえず今日はもう寝よう」
乱れた襟首を直しながら、臨也は静雄に目くばせをした。
廃墟に戻る臨也の背に、静雄は言った。
「お前、敵か?味方か?」
その言葉に臨也は足を止めた。
「俺は俺の味方だよ」
そう言って中に戻っていく背中が、静雄は果てしない不信感とともに、少しだけ頼もしく感じた。