涼と熱
「そんな顔されたら、俺がヤバい!」
進捗管理表を表にして、伊達に突っ返す。
「ヤバいって…?」
「先、戻る。あんまり長居すんなよ」
「チカちゃん…?」
じゃな、と軽く手を挙げて、俺は立ち上がった。
「コーヒー、ゴチになりました」
伊達は俺の言葉より進捗管理表の裏が気になるようで、今にも裏返しそうだったので、慌てて逃げ出した。
システム部に戻ると、やはり少し蒸し暑かった。クールビズも時には厄介だ。
自席について、一息つくと、鞄の中から携帯が、音を鳴らして、着信を主張していた。
社用のものではなく、私用のものだ。
「何だよ」
『馬鹿ちか!どうしてくれる?』
「どうしてって?」
『あんなこと書きやがって! 涼むどころか、汗だくだっ!』
「お気に召さない、と?」
相手はそこで黙り込んだ。
しばらくして、そんなことはないが…、と小さな声が返ってきた。
「で、返事は?」
『もちろん、OKだ』
「じゃあ、待ち合わせはいつもの場所な。時間もいつもの時間で」
『…わかった…』
「じゃあな」
『あ、チカちゃん!』
電話を切ろうとしていた、俺を引き止めるように慌てた声が聞こえる。
「ん?」
『俺も……好きだ…』
「最高の言葉をありがとよ! じゃあな!」
電話を置いて、大きく伸びをしていると、赤井が寄って来た。
「部長、彼女ですかー?」
彼女って言っていいのだろうか?
俺は考えた挙げ句、無難な言葉を選んだ。
「この世で最高に大事な奴」
「部長が大事にしてる人がいるとは一大事! 部長親衛隊に報告」
「こら! 待て! 何だ、そりゃ」
「女子社員有志で結成されてるんですよ」
俺は頭を抱えて、息を吐き出した。
相手が伊達だと知ったら、どうするんだろう。
いや、伊達親衛隊に俺が殺されるな…。まあ、殺されても、譲る気はねぇけど。
またしても、携帯が鳴って、今度はメール着信を知らせてきた。
さっき話していたばかりの相手からのメールは、異国の言葉で。
I like you so much!