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えんじぇる☆ぱにっくす

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最悪だ、と思った。転校先の学校には遅刻確定だし、交差点でぶつかってしまった男がこちらを見てくるりとその黒い目を見開いている。黒い髪の細身の男は、俺がこれから通う予定の学校の制服を着ていて、自分の慌て者ぶりにげんなりとした。
「すまない……」
 うなだれながら言う。学校のチャイムが鳴って、校門が閉ざされる音がすこし離れた場所から聞こえた。
「いや、いいって。俺どうせ遅刻だし」
「でも俺がぶつからなければ……」
「気にすんなって。お前変わってるな。気に入ったよ」
 はは、と彼は笑って立ち上がって、服の汚れをはたいた。遅刻をしている上に制服を着崩していて、あまりまじめな生徒とは思われなかったが、良い奴であることは間違いない。
「それにしてもお前、見ない顔だな。俺、全校生徒の顔と名前一致してると思ってたんだけど」
「あ、あぁ、実は転校してきて」
 彼が俺の顔をじろじろと見るので、すこし居心地が悪かった。ふい、と顔をそむけるようにすると、彼は満足したようにふぅん、と呟いて歩き出した。
「正門はそっちじゃ……」
 俺がそう言って彼とは反対の方向を指さすと、彼は振り返って笑う。
「あ、遅刻者は正門から入れないよ。礼拝が始まっちゃってるからな」
 彼は着いてこい、というジェスチャーをして俺を先導した。俺は取り落としてしまった鞄を急いで拾い上げ、彼に着いてゆく。彼とぶつかったと言うことは、彼は元々正門ではない方に向かっていたと言うことだ。
「なぁ、名前は? 俺、ルシフェル。二年」
「い、イーノックだ。俺も同じく、二年」
「そうか。同じクラスだといいな」
 彼は少し大人っぽく笑った。今まで俺の周りにはそういう笑い方をする人間がいなかったので、すこし新鮮だった。
 裏口は実にシンプルな作りで、壮大な正門に圧倒されていた俺はこちらのほうが何となく安心できた。
「ルシフェル!」
 中からすこし年のいった女の声が聞こえた。なにやら細身の男に対して怒っている様だった。ガラスの窓の向こうには事務所が広がっている。
「あなたはまた遅刻して! もう今期で15回目ですよ。成績は良いんだからしっかりしなさい」
「はいはい、エゼキエルのおばちゃん、明日から気をつけるって。じゃな、イーノック。おれ教室行くわ」
 ルシフェルは手慣れた様子で何かの手続きを行って、校舎の中に入ってゆく。俺は少し心細くなり戸惑ったが、彼は遅刻しているのだからしかたない。一刻も早く教室に向かった方が良いだろう。
「あら、あなたは」
「あ、あの、転校生のイーノックです。本日は慣れぬ道に迷ってしまい……」
「あら、そうだったの。ちょっと職員室に連絡しましょうね……そこで座って待っていてちょうだい」
 俺は示された木のベンチに座って、エゼキエルという名の婦人が電話を掛けている様子をつぶさに観察していた。ベテランらしい彼女は、すこし電話の相手と談笑したあと、電話を切った。
「イーノックくん、もう少し待っていてちょうだい。上履きは持ってきたかしら。今担任の先生が迎えにくるわ」
「は、はい! すみません。ありがとうございます」
 俺はほとんど無意識に立ち上がってしまったが、座るタイミングも逸してしまい、非常にばつの悪いまま先生を待つことにした。
「やぁ、イーノックくん」
 金髪でひょろひょろした体つきの男が俺に声を掛けてきたので、彼が担任の先生だと言うことを理解した。非常に不健康そうだが、顔が整っているので女子にもてそうだ、と思う。
「すみません、先生。転校初日だというのに、道に迷ってしまい……」
「はは、焦っていれば良くあることさ。家も引っ越してきたんだろう?」
「ええ、まぁ……」
「君は校長にスカウトされた非常に才能あるアスリートだからね。この学校でも是非がんばってくれ。あぁ、言い遅れたが、私の名前はサリエルと言うんだ。二年B組の担任をしている」
「よろしくお願いします! サリエル先生」
「よし、じゃあ早速教室に向かおうか」
 サリエル先生は道すがら、学校の設備についての説明をしてくれた。最新の設備が整った体育館、膨大な数の蔵書を誇る図書館。白い学園はとても広いので、慌てるとまた迷ってしまいそうだと思う。外側からみると巨大な円の形をしているが、廊下などは少し入り組んで迷路のようだ。
「心配しなくても大丈夫さ。この天海学園は、非常にシンプルな作りをしている。迷ったら、聖堂に向かえばいい」
 サリエル先生は最後に、俺を聖堂に連れて行った。まだ朝の礼拝の最中で、皆が一心に祭壇の方を向いていた。美しい賛美歌が終わり、礼拝が終わる。生徒達がぞろぞろと教室に戻ってゆく。俺はサリエル先生と一緒に教室に向かう。
「えー、本日転校してきた、イーノック君だ。アーチェリーは全国大会に進んだ腕前だ。みんな仲良くするように」
 自分の紹介がされている間、ぼんやりと教室を見渡すと、窓際の一番後ろの席にルシフェルが座っていた。机に脚を載せて椅子の後ろに体重を掛けるなんていうだらしのない格好ではあったが、こちらに気がついて二本の指で挨拶を寄越す。
「じゃ、イーノック君。もうしわけないが、席替えまで一番後ろの空いている席に座っていてくれ……それじゃ、朝のホームルーム終わります」
 きりーつ、れーい、というおきまりのかけ声はこの学校でも変わらないらしい。俺は早速ルシフェルの隣に腰掛けた。彼は俺に合わせてきちんと椅子にすわりなおし、こちらに話しかけてきた。
「いやー、まさかほんとに同じクラスになるなんてなぁ」
「本当だな」
「ま、これもなにかの縁さ。なんでも聞いてくれよ」
 彼は机の下で開いていた携帯電話をパタンと閉じながらにやっと笑った。

作品名:えんじぇる☆ぱにっくす 作家名:ペチュ