鬼と詭計の昼休み
【 鬼と詭計の昼休み 】
「・・・おお、日輪よ・・・・・・」
―全てのものに遍く降り注ぐ、聖なる温かな光。
人も、自然も、生き物も。天地に生を受けた者なら誰しも、この恵みが無ければ生きてはいけない・・・・・・言うなれば皆が皆、それに命を預けているようなもの。即ち、生きとし生けるものの生命線と言っても過言ではない。
いつの世にも眩く在る偉大な主。日輪。
このような素晴らしき神が、創世の頃から幾星霜 一日たりとも欠けることなく照らしているというのに
それをさも当然というように受け、一片の感謝も示さぬ者共の気が知れぬ・・・・・・ 別に、知りたいとも更々思わないが。
持ち前の毒を僅かに滲ませつつも、彼は澄み切った空を仰ぎ 両手を広げてその恩恵を享受する。
切れ目長の目を細め、口元には珍しく笑みを浮かべて。
その端整な顔立ちは日の光を受けて、尚一層映える。常に掛けている眼鏡は
ベストの襟元に預けられていた―
時刻は昼休み。
とある学園の屋上にて、ひとりの青年が日課である日光浴を存分に
楽しんでいた時のこと。
「お、居た居た。やっぱ此処か・・・・・・」
やおら キィ という軋んだ音を伴い、非常口の扉が開かれる。そこから顔を覗かせたのは長身の男子生徒。
肩に羽織った長ランが、風を受けはためく― 良い風じゃねぇか と細められたのは右目のみ。もう片方のそれは眼帯により覆い隠されている。逞しく大柄な体躯は先客の下へと歩みを進めた。
「何用ぞ長曾我部、我は今忙しいのだ」
天を仰いだ状態のまま、一切振り向くことなく告げられたその言葉は取りつく島もなく
突き放すような良い草・・・・・・だが、彼は気に留めることはない。相手のこういった物言いはいつものことなのだ。
「午後からのんびり登校とは良い身分なことだな“西海の鬼”」
「おっ、解ってるじゃねぇか。そうよ、朝っぱらから団体さん相手とはいえ
売られたケンカは買うもんだ。 ・・・・・・で、ちぃっと頼みがあるんだが「貴様に見せるノートなどない」
再びの遮りに長曾我部の様子は打って変わって、今度はあからさまに狼狽え始めた。
「そう言うなって毛利。今日は寝坊とかサボリとかじゃねぇんだ、ちゃんと
時間通りに起きてだな「そのような言い訳など飽いたわ」
実はこういった頼み事をするのはそう珍しいことではなく、ぐぅの音もない彼に毛利は容赦なく畳み掛ける。
「大体、中学の頃のその通り名を未だに振りかざすのをみっともないと思わぬのか。それが今朝のように
ろくでもない連中に時間を割く原因であろうが」
「俺は別に振りかざしてなんざねぇよ、やっこさんが勝手にそう呼んでくれやがるのよ・・・・・・」
「我が言っているのは やれケンカだのシマだの、いい加減そういった幼稚なものに
こだわるなという事よ。貴様は馬鹿か」
長曾我部。彼は
今では死語になりつつある『蛮カラ』を地で行くような男である。
幼い頃は女子と見紛うようなそれはそれは可愛らしい少年だったが、中学に上がる頃には
何を間違ったのか180度方向転換してこのような有様に育っていた― 幼馴染みである毛利は、幼少時代からよく彼と共に過ごしていたのだが
両親の仕事の都合により数年間を海外で暮らしたのちに、再びこの地元に戻ってきた際 その変化にひどく仰天したものだ。
ちなみに“西海の鬼”とは、彼が番長として君臨し始めた頃に誰がともなく呼び始めた通り名である。
一方の毛利はといえば
毎回の考査で常に学年トップの座に君臨し、この学園始まって以来の稀代な成績を修める優秀な生徒。
加えて眉目秀麗なことにもすこぶる定評があるが、その性格には
『やや難』があることで知られていた―
幼馴染みとはいえ、ここまで違いのある2人が
こんな風にではあるが場を同じくすることは至って多い(仲が良いというよりは、長曾我部が一方的に毛利に絡んでいるようにしか見えないが)。そして2人共 妙なところで息が合っており、そんな彼らのやりとりはこの学園における
ちょっとした名物でもあるのだった。