鬼と詭計の昼休み
「なぁなぁ毛利ーぃ・・・・・・」
「我は忙しいと申すに! 退け、貴様なんぞの影に入りとうない」
「んじゃあホラ、あれだ・・・・・・なんつったっけ、あの
ナントカいう期間限定の和菓子! あれ10個でどうよ?! 」
この一言で。
終始不機嫌なままだったその表情に、小さな変化が起こる・・・・・・それは端から見てもまず分からないほどの ほんの僅かな、逡巡の色。
土壇場で長曾我部が思い出したのは学園の近所に在る、毛利がよく通う和菓子店の新商品。
昨今の高級仕様ブームに則ってか、使用する食材もすべてが厳選された地方ブランドものという一品だ。
勿論 値段もそれ相応であり、1日での陳列数も限定されているという
それはそれは御大層な代物である。
「・・・・・・10個だと? フン、随分としみったれた数だな? 」
「っ・・・ じゃあ15個! それでどうだ?! 」
「30だ。それ以下では認めぬ」
「?! さ、さんじゅ・・・・・・」
その言葉に長曾我部は両手の指を総動員し、ひぃふぅ と拙い計算を始める。その顔は既に蒼白だ。
いつもの威勢の良さは何処へやら、学園内でも抜きん出た長身も今では見事に丸まり、額には冷や汗が滲んでいる― 流石の“西海の鬼”も、この事態には動揺を隠せない。
「そういえば今は考査前であったか・・・・・・ 貴様のことだ、ノートを取ってないのは今日だけではあるまい? このままでは進級もさぞ、危ぶまれような? 」
腕を組み、太陽を背に愉快愉快といった風情で薄笑いを浮かべる幼馴染み。
自分より小柄であるとはいえ、逆光の状態で向けられたその表情は背筋を寒くするのには充分過ぎるほど・・・・・・ ましてや
相手はこの毛利だ。自分ではとても言いくるめられるような相手でもなく、今の己の立場は非常に弱い。 そして彼の言うことは寸分の狂いもなく、現在の長曾我部の状況そのままであった。
「別に我でなくとも、別の者に請うても良いのだぞ? 我と違って貴様には
多くの連れやら配下がおるだろう。フフ、まことに頼もしき事よ」
明らかにこの状況を楽しんでいる毛利は容赦なく言葉を続ける・・・・・・ 確かに
周囲の者との馴れ合いを疎む彼とは違い長曾我部には多くの友人がいるが、皮肉なことに勉学に通じる者は皆無だ・・・・・・ この事実を無論、毛利は周知である。