送信中
気の知れた仲間と呑んだ後、程良く酒が廻った門田は池袋からの最終電車に乗り込んだ。そして、開いたドアの奥に居た姿を見て思わず声を漏らした。
一方、閉まり切りの扉に凭れ掛かり携帯に目を落としていた臨也は、門田の声に僅かに視線を上げその姿を確認するなり、げ。と小さく呻いた。
「お前、まだその格好してたのか…」
何時ものファーの付いた腰丈の黒いジャケット。
内側に着た同じく黒のインナーには、何故かないはずの胸の膨らみがあった。そして細身の黒いパンツはタイトなスカートに変わり、太腿から下はこれまた黒のロングブーツに覆われている。
髪は艶やかな黒髪が長く伸びて肩に掛かり、薄く化粧を施しているのかいつもより少し目鼻立ちがはっきりとしていた。
その表情からは明らかに門田を見て眉が顰められ、嫌なところで会ったと訴えているようだ。だが、そんなことは構わずに横に並ぶ。扉が閉まり電車がまた動き出し、車内が揺れた。
臨也もすぐに諦めたのか携帯にまた視線を戻す。
「この方がいろいろと動きやすい場所もあるんだよ。…まさかこんな所でドタチンに会うとは思わなかったけど」
「渡草の車が今、車検中なんだ」
「ふぅん」
臨也はどうでもよさそうに相槌を打った。
「お前は?」
「…内緒」
それからは特に会話も続かずに臨也は携帯を触り続け、門田は臨也が携帯を黙々と打つ姿を眺めていた。何のことはない電車の帰り道である。
それとは別に門田は気になることがあった。
臨也は男にしては少し細身の体格だ。一見するとあの平和島静雄と張り合うとは到底思えない程の優男に見える。
それにこの顔だ。
改めて臨也を観察しながら門田は思う。中身を知っているからこそ違和感を感じるものの、姿こそ見ればただの骨格のいいモデル体型の女に見えなくもない―残念なことにそう見えてしまう。
深く溜息を付いた。そして吊革を持っていた手を臨也のすぐ傍のポールに持ち替え、臨也の身体を覆い込む。気づいた臨也が不審げに門田を睨みつけた。
「…何?」
「気にするな、お前は」
「って言われても無理じゃない?なんなのこの距離。近過ぎ」
「近づいてるからな」
「…はぁ?」
携帯を握り込んだまま胸を押しやろうとする臨也を軽くあしらう。
週末の最終電車など自分と同じように酔いが廻ったサラリーマンや学生などが多くいる中、今の姿をした臨也など注目の的だ。
臨也の纏う空気があるからこそ声を掛けようとする者は居ないものの、チラチラと様子を伺っている輩は居る。
臨也自身が気づいていないとは思えないが、放っておけない。そういう性分なのだ。
「とりあえず、携帯もう仕舞え」
「なんで?」
「地下だからどうせ送っても届かんだろう?」
そう言って携帯を取り上げて、グイと臨也を抱き寄せる。
ついでに周囲を威嚇するように車内に視線を巡らせれば様子を伺っていた何人かの視線も逸れた。
腕の内で臨也が、放っておけばいいのに。と呆れたように呟く。そんな当事者の物言いに、門田は脱力する。
確かに今はこんな格好をしていようとも臨也は男であり、交わすことも臨也にしてみれば何ら容易いことだろう。
「分かってはいる。分かってはいるんだ…」
ズルズルと臨也の肩に額を乗せてもう何度目か分からない溜息がこぼれる。傍から見ればまるでカップルに見える姿勢に自分も何をしているのか分からなくなりそうだ。思っている以上に酔いは回っていたのかもしれない。
当の本人はどこ吹く風、ドタチン、かわいそうー。とギャルのような口ぶりで笑っている。
苛立ちに肩口から視線だけをあげれば、さも楽しそうに笑う小奇麗な顔が映る。慰めるつもりなのか帽子越しに頭を撫でられた。
そしてまた溜息。溜息もつきたくなるというものだ。
今日だけじゃない。
今日だけではないのだ。
もう何年こうして居るのか―。
この先も。
電波の届かないこの地下で、届くはずもない伝言を飛ばし続けるように。
首筋に顔を寄せれば流石に擽ったいのか首を竦める。
許さないと言わんばかりに後を追って項に噛み付いた。
「ちょっ、と、痛いなァ…。っていうかドタチン、場所わかってる?」
少し驚いた様子の臨也に気づかない振りをして、酔ってるんだ。ということにした。
―ああ、酔ったせいにしてこの感情を吐き出すことが出来るのならどれだけ楽なのだろう―。
呼び掛ける臨也の声に耳を傾けながら門田は、思考から逃れるように目をつむった。