梟之夢
風が空を切る。真っ暗な暗闇を、ひゅるりと実態も無く切り裂いて強かに鼓膜を震わせる。
視界の端で鈍い光の尾が流れていた。
それは己の手が振るう切っ先の軌道であったり、敵の攻撃の残滓だったり。それらを瞳の上に乗せて、その動きを追いながら敵の動きを読み一撃を食らわぬようにすり抜けて、相手へ剣を振りかぶる。
そうして幾人切り倒したかも分からない。風も止んでいる。鼓膜に届くのは荒々しい己の呼吸だけ。返り血と泥で汚れた袖口と靴底。血を掏った剣が己の行動を責めるようにどっしりと重みを持って、無言で何かを主張しているかのようで。
どこからか苛立った感情が沸々とこみ上げて、武器に着いた血を振り払うように剣で夜風を一凪。
静かに鞘の中に剣を収め、ドクドクと脈打つ心臓を落ち付かせるように深く一呼吸。
――熱く爛れる衝撃。鈍く重い。
強烈過ぎる衝撃に、チカっと視界が一瞬だけ真昼間以上に明るく白く瞬いた。
緩やかに流れる自分の時間の中で、流れるように衝撃の元を探る様に視線を落とすと、そこには剣があった。
広げた掌ほどの剣。暗闇の中で鈍くテカテカと光るそれの色は恐らく真っ赤な赤色のはず。
可笑しな話である。何故、人の胸から剣が生えているのか。
赤く濡れた刃を見て『あぁ刺されたんだ』とあっさりとした自覚がストンと落ちてきた。
瞬間、例えようのない痛みが突然湧き上がり、堪え切れず苦悶の声を零しながら膝を折り地面に腕をついた。身を焦がす痛みに呻きながら俺はゆっくりと振り返る。
闇夜を包むように道の両側を覆う木々の枝葉の向こう側で、歪な形をした月が浮かんでいた。
それを背に佇む者の姿に、驚きや怒り、憎悪が溢れることは無く、逆にどこか納得じみた感情が胸の中に広がって行く。
月の灯りを受けてキラキラ光る金色の頭髪。月夜に浮かび上がる白の服装は、俺の目から見て世界から不適応されているかのように明るく清楚な輝きを帯びていた。
カラカラに乾いた唇が動き、掠れた声でその者の名前が俺の口から零れ落ちる。
名前を呼ばれた相手に反応は無い。彼は感情の灯らない瞳で俺を見下ろしている。
何か訴えているような、それでいて鋭く冷やか。その目は俺を無言で責め立てていた。