梟之夢
趣味の悪い夢だった。
真夜中、まだ外で梟が鳴いている時刻に、汗ばんだ身体と落ち付かない心臓を窘めるようにベッドから抜け出して、一人宿の外へ。
結界の無い、まだ新しい小さな街へ出れば頭上では数えきれないほどの星が煌めいて、明るい帝都では絶対に拝めないだろう夜空が、ベッドを抜け出した俺を迎え入れた。
ただし、星だけなら良かったが、夜空の大半を占める星喰みの存在が無ければもっと良い夜空だった。
小屋の傍らにある廃材が積まれた上に腰をおろして、そこで漸く飛び起きてから初めて一息つく。無意識に硬く握りしめていた手の平を開き、強張って小さく震える汗ばんだ掌を見下ろし、もう一度拳を握る。
思わず自嘲じみた笑いが零れ、肩を震わせるが直ぐに笑えなくなった。
「あり得ないことでもない…なんて思っているんだよな」
夢の中でフレンに刺された。
致命傷と確実にわかる一撃を食らって、俺は夢の中でそれらすべてを受け入れていた。そして、恐らく現実になっても受け入れるだろう、とじわじわと確信を心の中で広げている。
自分の行いを悔いているのだろうか。
―――彼に罰せられることで、許されたいと考えているのか。
両手を組んで額をのせながら、夜と同化した砂利を見下ろして自分の心に問いかける。しかし、返ってくる答えは「わからない」の言葉だけ。
「なんにしても全部終わってからにしてもらわないとな」
「なにがだい?」
自虐のように笑いながら呟いた言葉に思わぬ返事。
驚いて、だけど顔だけは取り繕ってゆっくりと顔を上げる。フレンだ。
夜の世界で浮き上がる白い衣服は夢の中の彼と変わらず。ただし、今日は月が出ていないため、彼は夢の中のようにまでは明るく照らし出されていなかった。
その手に持った松明がパチパチと爆ぜる音を聞きながら、現実と夢の間に確かに存在した違いに無意識に安心して溜息を零せば、フレンが少し眉を寄せる。
「こんな時間にどうしたんだい。眠れないのか?」
「目が覚めちまったから外の空気を吸おうと思ってな」
「そうか」
フレンは此方をジッと見降ろしていた。何か探るような目をしていたが、俺はあえて何も言わず彼の手元の松明に視線を注ぐ。
恐らく街の巡回中だったのだろう。気を引き締めるように鎧を着込んだままの彼は腰から剣をぶら下げて、険しい面持ちだ。
「ユーリ」
「なんだ」
揺れる炎からゆっくりと視線を外し、此方を見下ろす翡翠の双眸。
無言でかわされる視線の応酬、数秒か、数分か一瞬の様で長いような時間が過ぎ去った。
「…いや、なんでもない。もう休んだ方がいい、明日も早いんだ」
フレンは心の中に浮いたであろう言葉は紡がずに、静かに視線を俺から逸らした。
彼がなにを言おうとしていたのか気にならないわけではないが、しつこく食い下がるような気分でもなかったので、そのまま流して肩を竦めながら軽口を返す。
「その言葉そっくりそのままお前に返すぜ」
「口が減らないな」
「お前もな」
両足に力を入れてゆっくりと立ち上がれば、先程まで見上げなければ窺う事のできなかったフレンの顔が正面にきた。
ちらりと此方を伺うフレンの視線に気づかぬふりをして、大きく背伸びをすると、じわじわと湧き上がってきた眠気を認識。その眠気に後押しされるかのように、そのまま宿の方へ足を向ける。
中に居る仲間を起さぬように静かにドアに手をかけた俺の背中に「おやすみユーリ」と、フレンの声。
ドアを開く前にゆっくりと振り返り、変わらずそこに佇んでいた幼馴染の姿に僅かに目尻を下げて「あぁおやすみ」と言い返し、宿の中へと踏み入る。
静かに閉めるドアの隙間から俺を優しく見送るフレンの姿を見つけ、少しこそばゆい感情を抱きながらドアを閉め切る。
シン、と静まり返った室内。時折聞こえる誰かの寝息とシーツの擦れる音を聞きながら、真っ暗な部屋をゆっくりと横断。
隣のベッドで眠るカロルのさらけ出された腹にくしゃくしゃに足もとで丸まったシーツを引っ張り上げて、シーツをかけ直してやってからもそもそと、自分のベッドへ乗りこむ。
先程は、確かにここで眠っていて、現実のような夢に飛び起きたのに、あんなに生々しく感じられた夢が嘘かのように、そこには再び眠り夢を見る恐怖は感じられず。
なんとなくだが、もうあの夢は見なくて済みそうな予感が根拠もなく胸の中に芽生えるのを感じながら、冷たくなってしまったシーツの中へと潜り込んだ。