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例えば君が遠すぎて

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金髪
 サングラス
 煙草
 蝶ネクタイ
 低い声
 白と黒のバーテン服
 馬鹿力
 喧嘩

 ───どれかひとつ見掛けては、それが彼じゃないかと思った。



 突如エアコンが悲鳴を上げて動かなくなった。
『ああ゛ー暑い』
 茹だるような暑さの室中でわざわざそれを文字にしてからセルティは後悔した。形にすることでまた実感が沸いて来る。気休めにいつか何処で貰ってきた広告付きの団扇をパタパタと扇いだ。
「心頭滅却すれば火もまた涼しって知ってる?」
 新羅は普段と変わらず白衣姿のまま、敢えて違いを指摘するならば、ホットコーヒーではなくアイスコーヒーにミルクを注いでいる。
『また格言か?』
「格言はバカに出来ないよ? 貴重な先人の教えだもの」
『それはそうかもしれないが、取り敢えず今は素直に言わせてもらう。暑い暑い暑い暑い暑い暑いatsuiatsuiais』
「まあまあ、今日の午後には修理に来てもらえるみたいだから」
『午後!? 単に午後って言っても12時から23時59分まで午後なんだぞ!』
「珍しいね。そんなにピリピリするなんて」
『多分…暑さの所為だ』
 感情の起伏でまた体感温度が上がったのか、セルティがくたりとソファに凭れかかる。
「ああ、そんなセルティも可愛いよ! 汗から漂う色香もまた僕を魅了しぐげあああ痛い痛いギブギブ」
『この暑いのに抱きつこうとするからだ』
 捩り上げられた腕を摩りながら、ふと新羅は真面目な顔をする。
「改めて、何度でも言うけど、僕はセルティが好きだよ」
『…新羅? どうした?』
「セルティは?」
『好き、だよ』
「こうやって、お互いの気持ちを確かめられる僕は、…とても幸せ者だよ」
『二人のことを言っているのか?』
 新羅は笑った。困ったように。
 そのままセルティの肩口に顔を埋める。心情を察したセルティは今度は拒絶せず、宥めるように新羅の黒髪を撫でる。
『そうか。明日か』
「うん」



 今年も日本は暑い。
 今日は日中最高気温をマークしたとお天気キャスターが意気込んで告げる。毎年毎年、同じようなことを言っているのは恐らく気の所為ではない。ひと夏の記憶を少しでも焼き付けておきたいのか、それとも暑い中を頑張っていることでも主張したいのか、空調のよく効いた自宅マンション兼事務所で臨也は皮肉な笑いを浮かべた。
「暑いなら外に出なければいいのにな」
 そう簡単に言えるのは、臨也が生業としている情報屋という仕事柄。発達したインターネットを駆使すれば、パソコンで、つまりは室内で全てを済ますことが出来る。仕事だけではない。衣食住すらキーひとつでどうにかなってしまう。
「便利な世の中だよねえ」
 書き上げた文書データを保存、依頼人に送信して、最近買い替えてみたプレジデントチェアーから優雅に腰を下ろした。
「もうこんな時間か」
 視界にちらつく夏の陽射しが気に食わなくて、閉めていた遮光カーテンを少しだけ開け見た外は夕陽に焼けていた。臨也の住む高層マンションからはオレンジ色に染まる街がよく見渡せる。雲ひとつない空も沈む太陽に調子を合わせて、赤みを帯びている。
「嫌な色だな。都心なのにやたらと田舎くさい」
 眉を顰めてカーテンを乱暴に閉めると、テレビは明日の日の出と日の入りを知らせる。大して役に立たない情報にチャンネルを変えようとして、ふと日付が目についた。
「そうか…明日だったな」
 呟いて、番組が替わることなく電源は落とされた。ブラックアウトした画面に自分が映り込んでいる。人と会わないことと部屋から出ないこととが相俟って、少しばかり身嗜みへの配慮が欠けていたことに気付かされた。
「仕方ないな」
 舌打ちして、愛用の上着を羽織ると携帯電話と財布をポケットに捩込むと、まだ暑さの抜けない部屋の外へと臨也は足を踏み出した。


 ***


 新宿に居を移してもう何度か四季を見送った。住めば都とはよく言ったもので、生活はすぐに軌道に乗った。
 かつて、まだ池袋を生活の拠点としていたとき、俺には一人、思い人がいた。思い人、と言ってもそれは結婚の約束をするような相手ではない。初めて出逢ったのは高校生の時だった。顔を合わせた瞬間から、それこそ毎日のように思っていた相手。それは男で、人間離れした力の持ち主で、恐ろしく気が合わなくて、お互い啀み合う仲で、身長が高いからいつも俺を見下ろしてきて、それで、同い年だった。
 彼との関係は日々月々年々悪化していき、遭遇しては常に喧嘩ばかりだった。しかし、そんな彼に俺はいつの間にか正体がわからない、けれど特別な感情を抱いていた。きっかけは思い出せない。ただそれが何なのか自覚した瞬間、俺は愕然とした。長い間彼に向けて吐き出してきた罵りとは正反対、好意、と呼ばれるものだったからだ。それも男女の間に交わされるような。

 池袋を去る日。俺は彼に会いに行った。
 俺の存在を目の前にすること自体が気に食わないと額に血管を浮かび上がらせた彼に、「俺新宿に引っ越すんだよねえもう下手をしたら会うこともないかもしれないから一応顔だけ見せに来たよそれだけだからああでもついでに一言だけ言っておきたいことがあってさあ」と回りくどい前口上を一息に言って、俺は告白をした。多分、それまでの人生で一番勇気を振り絞ったと思う。震えていた足の感覚は今でも鮮明に覚えている。彼はすぐには何も言わなかった。当然だろう。嫌いだ嫌いだと顔を合わせる度に言っていた奴が全く逆、愛を告げたのだ。そうして、どうせ勝ち目のない勝負をしたんだからと答えを聞く前に踵を返した俺の目の前に降ってきたのは自動販売機だった。こちらはこれでも真剣なんだから、せめて断り方に誠意の欠片くらいあったっていいだろう! あまりの仕打ちに振り返り「ちょっと殺す気!? いくら嫌でもそんな返事の仕方は」ないだろ!、と言い切る前に目の前には彼が迫っていた。背には無情な自動販売機。逃げ場はない、そう思った。まあ今まで散々殺すだの死ねだの言い合ってきた仲だ。新宿に行く前に始末をつけるという考えも有りだろう。もうなるようになれと降参した俺を見下ろして彼はゆっくり口を開く。真っ直ぐ射抜くように俺を見て、出てきたのは意外な言葉だった。
 「俺でいいのか?」

 妙なものだった。二人の関係はそれまでと裏返しになった。
 愛憎は表裏一体と古い友人が言っていたが、本当にそうなのだと思った。掴めない彼の考えを腹立たしく思っていたはずなのに、それが俺には俺の持ち得ない美点に見えた。彼も単純なもので、俺が以前と変わらずに憎まれ口を叩いても、根底にあるのは愛情だと良い意味で受け取っていた。
作品名:例えば君が遠すぎて 作家名:らんげお