「看病」
――美喜ねぇーってあんなに小さかったのか……
――三年間ほとんど頼りっぱなしだったんだよな。
――もっと俺が頑張んないとな。
考えながら急いで食事を終え、部屋に向かう。
「どう? 食べ終わった?」
部屋に入るとき言う。目の前には体を起こして、お粥と戦っている美喜子の姿が見えた。
「フーフー、あつ!」
光紀は苦笑しながらお盆に手を伸ばす。
「ほら、貸して」
「……わかったわよ、はい」
冷ますのも猫舌で弱っている美喜子には、大変だったようだ。
「フーフーフー、はい、あーん」
パク、モグモグ
そんなことを繰り返し、お粥が空になった。美喜子を横にさせ浸し、絞ったタオルを額に置く。
そこからは他愛もないことを話しかけた。バイトであったことや勉強のこと、これからの家事の分担のこと。さすがに弱っているとは言え、家事の分担交渉は失敗に終わった。
「それにしても、親父達が居なくなって三年か、陽兄と朱音は元気にしてるかな」
なんとなく思ったことを口にした。
「……離婚の理由しりたい?」
美喜子は赤い顔を光紀に向けた。そこには真剣な眼差しが熱のせいか揺れいた。
「え? 別に今言わなくてもいいだろ?」
少し動揺した声で言ってしまった。
「別に深い理由じゃないわよ、ゲホゲホ」
「ほら、今は無理して話さなくてもいいよ」
そんな光紀の言葉を無視し美喜子は言った。
「単なる浮気、不倫よ……両方とも居るのがわかって、じゃあ離婚するか……みたいな感じで軽く別れたのよ」
「……」
何か言おうとしたが言葉にならなかった。
「家族も歳で分けて、母さんはどうせ不倫相手と……仲良くやってんでしょうね」
「別に、今さら理由なんて関係ないよ……もう昔のことだし」
それがやっと口から出た言葉だった。声は少し震えていた。
――仲の良い家族だと思っていた俺がバカみたいだな。
そんなことをグルグル考えていた。
「……実は、コウは不倫相手との子供なの」
「は?」
あまりの驚きに声を出した。
「……フフフフ、全部嘘よ。何間抜けな顔してんのよ」
美喜子はそう笑って言った。
「へ? 嘘?」
「そうよ、その場で作った話にしてはリアルだった?」
笑いながら言った。
「そうなのか、驚いたじゃん」
苦笑しながら言ったものの
――たぶん離婚理由は本当なんだろうな。
と考えていた。
「ゲホゲホ、私はもう寝るわ」
そう言うと美喜子は目を瞑った。時計の針は七時を指していた。
「もうこんな時間か、夕飯どうする?」
スースースー
返事ではなく、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「まあいいか、おやすみ」
そう呟き、部屋を出た。夕食の準備を始めた。うどんを作り食べ終え、後片付けをしていた。
「あ、そうだ。明日はバイト休むから連絡入れないと」
ふと思い出しメールを送る。店長に『姉が風邪を引いてしまい看病のため、明日休みにしてもらっていいですか?』と送った。
返信は風呂上がりにやってきた。『大丈夫だよ。お姉さんの看病頑張って』その文面に『ありがとうございます。明後日は出勤します』と返信する。
美喜子の様子を見に部屋へ行く。タオルが寝返りでベッドに落ちているのを拾い、水に浸して絞って額に置く。規則正しい呼吸音が聞こえる。
「もう大丈夫かな」
そう呟き立ちあがろうとすると、パジャマがひっぱられる。
「ん?」
美喜子の手が服を握っていた。
――今日は姉というより妹だな
そう思いながら仕方ないかと手を離すのを待った。
なにか動く音が聞こえ、目を覚ますと美喜子がこちらを見ていた。
外が明るく、いつの間にか寝てしまったようだ。
「コウ、あんたなんでここに居るの?」
睨むようにこちらを見て言った。
「え? それは美喜ねぇーが俺の服を離さなかったから……そのまま寝ちゃったのかな」
光紀は慌てて答えた。
「そう、ところでコウは熱っぽいとか、ダルいとかないの?」
「なんで俺? それは美喜ねぇーの方だろ?」
美喜子はその言葉に呆れたようにボソっと呟いた。
「これだからバカは」
「今バカって言ったろ」
「ええ、言ったわよ。ここは看病した人がうつって私が治るパターンでしょ!」
よくると美喜子の顔がまだ赤い。
「まだ風邪治ってないんだろ」
顔色に気が付いた光紀は言った。
「何言ってんの治ったわよ。さあ早く風邪をひきなさい。今度は私が看病するんだから……」
変な発言は
ぐーぎゅるるるるるるるるる
盛大な腹の音で中断された。
「………………」
「………………」
美喜子の顔はさらに赤くなる。
「そういや、昨日は夕ご飯食ってなかったからな」
美喜子は立ちあがった。ご飯を食べに行こうとしているようだ。しかしまだふらついている。
「てい!」
ボフッ
ベッドに座らせる。
「何……」
「かし、もう一つな」
美喜子の言葉に重ね、笑った。