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臨帝超短文寄集

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 いつものメンバーでのいつものチャット。それなのにいつもと同じに思えないのは、ネットの向こうの存在でしかなかった相手の顔を知ってしまったからだろう。発言内容の印象しかなかったときは、ちょっとアイタタタな人なんだろうなあ、でも悪い人ではないんだろうけど、などと感じていた相手だ。チャット仲間という繋がりしか無かったときは、その人となりを推測しようとしても発言しか手がかりがないのは当然なのだけれど。

 夜と同じ色の男の姿を思い出す。その上で再びパソコンの画面に目を落とせば、ちょうどその相手が発言したところで。

(どんな顔してこんなテンションの文章打ってるんだろうな、あの人)

 勿論帝人が知ったばかりの、眉目秀麗なあの顔で、なのだろうが。表示された『甘楽』の名に、ちょっとため息をつきたいような気持ちになる。

 これから先、この名前の発言を見るたびに自分はあの男の顔を思い浮かべてしまうのだなと思うと、何故か心が騒いだ。

 そしてそれ以上に、『田中太郎』の名に彼はずっと自分の姿を思い浮かべていたのだと思うと、さらにいたたまれない心地になるのだった。気恥ずかしいような、どうにも落ち着かないような。何これ困る、と帝人は思った。今まで楽な気持ちで楽しめていたチャットだったのに、一人の参加者の素顔を知ってしまっただけでこんな気持ちになるものだろうか?

 困るなあ、などと思って、少しぼんやりしていたのだろう。突然、内緒モードで話しかけられた。話しかけてきた相手はたった今帝人の頭を占めていた人物で、さっきから発言がないけれど寝オチかな、と問う内容だった。

(こうして見ると、やっぱり文章ひとつとっても印象って大きいなあ)

 内緒モードでの発言は『甘楽』のテンションではない。街で出会った『彼』を思わせる口調になっている。その切り替えにまた心臓が煩くなった。もう否が応にも彼の顔しか浮かばない。知り合いの男を頭に浮かべるくらいでなんでこんなにどきどきしてるんだろう、と自問するが、答えには辿り着けなかった。

 とりあえず会話をしなくては、と帝人は震えそうになる指を叱咤してキーボードに乗せる。けれどこの画面の先で彼が自分の言葉を待っているかと思うと、動悸はまだおさまりそうになかった。



作品名:臨帝超短文寄集 作家名:蜜虫