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あの夜の 後篇

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テレビのノイズで目が醒めた。カーテンを通して差す光はずんと暗い。まだ夜の色が深い。腕を伸ばしてサイドテーブルの時計を手にする。四時五十分前。力なく時計を戻して寝がえりをうつ。もうすこし眠りたいとぼんやりとかんがえていた。けれども彼の身体はふたたび落ちることをゆるさない。身体のあちこちがちゃくちゃくと離床に向かっている。眠りに沈む間際にうしなった身体の感覚は徐々に戻りはじめ、靄がかったように意識がぼやぼやと曇っていたのもほんのわずかな間だけであって、いっときすると頭のなかはもうおそろしいほど冴えていた。視界も眩暈がするほど良好である。ルートヴィッヒを取り巻くなにもかもが、もうひどく鮮明であった。不徳の雰囲気に浸る暇さえ与えられない。
Good morning,目覚めはどうだ?……Gorten Morgen,最悪の目覚めだよ。男はわらっていた。ざんざんとうるさく響く砂嵐のテレビに目をやっている。どうやらもう酔いは醒めたらしい。男は煙草に火を点け、火種にふうと息をふきかけた。先のほうがぼっと赤くなる。そうして口に含んだ。すいはじめの煙が彼のくちもとから薄くのぼった。吸う?いや、俺は煙草など吸わん。かてえこと言うなよ。男は椅子を立って、するりとベッドのふちにちかづいた。ふっとひといき煙を吐いて、むりやり口の中に煙草をおしこんでくる。煙が肺に入りきらず、口のなかにただたまるばかりでひどく苦い。…おまえ、まだ酔っているのか。口のなかの煙を散らすように幾度か咳払いをする。ばあか、さすがに醒めた。ただ煙草の間接キスっていいよなあと思ってよ。彼はちいさくつぶやいて、ルートヴィッヒの唇から、すと煙草を奪った。そういやあいつも煙草を嫌ってたっけなあ。付け足すように言って、男が薄く笑う。そうしてまた、彼のくちもとから煙がひとすじのぼるのを、忌々しくおもいながら、見ていた。

乱れて身体に張り付いた白いシーツを払った。シーツからなまぬるい体温を感じる。ひどい精のにおいがたゆたっている。どうしてこんな酔っ払いの男にゆきずりで身体を明け渡したのだろう。いまさらながらふと考える。利害があったわけでもなく、深い仲であるわけでもない。見知り越しの男である。とはいえどむりに抱かれたわけでもない。合意だった。そのことは記憶に浅い。はっきりとおぼえている。むこうは酔いの勢いがおおきくあったが、こちらは芯から醒めていた。冷静の上で彼を受け入れた。男は煙草を何本と灰皿で潰しながら、砂嵐でうつらないテレビをぼんやりとみつめている。
眩暈がした。思い出すと、少し頭が痛んだ。しかしながらまぎれもない事実であった。身体のあちこちがずきずきとうずく。ためいきが漏れた。そうして再び布団の中に潜りこもうとして、シーツの感触のひどいことを思い出して、やめた。
風呂は?…いらない、身体と頭が痛い。ふうん。男の目はこちらに向けられない。横顔からとれるその表情は、よく見ると鬱屈としているようだった。なぜだかはわからない。それを遠まわしに問えるほど、ルートヴィッヒはうまい男ではない。おいカークランド。砂嵐にぼんやり目をやりながら、彼はまだ煙草を吸っては潰している。その、あまり吸っては身体を壊すぞ、……まあ俺には関係ないが。…はは、おまえはアイツみたいなことを言うなあ。
くっと喉を鳴らせた男の目がようやくこちらを向いた。やさしい目だった。そうしてルートヴィッヒはハッとした。テレビの砂嵐がどんどんとやかましさを増す。それだけがルートヴィッヒを支配する。
…身代わりのつもりか?くちびるが空をなぞる。かろうじて音にはならなかった。身体の奥のほうがずんと重い。情がうつったのかしれない。噛んだくちびるが苦く、ひどく口内に残った。精の名残であった。……聞かせてくれカークランド、なぜお前は俺を抱いた。
わけは聞かずとももう悟っていた。そのひとの弟の、たぶん身代わりだったに違いない。兄を慕う弟のようすが可愛いとおもった、男はたしかにさきほど、店を出しな、言っていた。男にとって結局そういう程度なのだ。手に入らない弟に見立てて、わずかに似ていた見知り越しの従順な男を抱いただけである。そのひとは、そういう男だった。なあ、教えてくれないか。すと彼の瞳をみつめて言う。お前を抱いた理由か、そうだなあ。男との視線はもうかみあわなかった。視線が浮いている。そうして、空になった煙草の一箱をくしゃりと潰して、どうしてだろうなあと、呟いた。つくづくはぐらかすのがうまい男だと思う。男にやっていた視線を落とす。身体がひどく重くかたまって、動かない。
…身代わり、だったんだろう。ルートヴィッヒはとうとう口にした。アルフレッドの、とまではなぜかおそろしくおもわれて、続かなかった。目の前がゆるやかに靄がかってくる。吸うことも吐くこともできない呼吸が喉のほうにたまって苦しい。…はは、何言ってる。男の瞳が定められない。もうそのひとが何を見ているのかさえわからない。身代わりなのだろう。ちがうのか。ばからしいと思いながら、喉につかえた言葉がこぼれおちてゆく。俺が彼と同じく弟だから、髪の色が似ているから、目の色が似ているから、だから抱いたんだろう。彼が、彼がすきだから、でも手に入らないから、身近に手に入る俺を選んだんだろう。どんどん目のまえが白く濁ってゆく。靄はまるで男を取り巻く煙のようだとおもった。前が見えない。男の輪郭をつかむことさえもうできない。浅く、肩のほうで息をしていた。声は吐息とまざりまざりに震えてしまって、伝えたいことはもう曖昧だった。男がルートヴィッヒ、と呼んでいる。やさしい声である。この男はきっと今も、ずっと自分をあのひとのように思って見ているのだろう。だからこんなやさしい声ができるのに違いない。うんざりと眉をしかめた。男の眼中に根からルートヴィッヒはなかったのかしれない。上まぶたがじりじりと重い。そうしてたえかねて、いよいよルートヴィッヒは目をとじた。カークランド、俺はもう一睡したら帰る。
男の表情はけわしく曇った。ルートヴィッヒは男の表情がそういうものになっていることにさえ気づかない。壁にもたれてふたたび眠りのなかへ落ちようとしていた。くっついたまぶたの隙間から、知らぬ間にいくつか水の玉がこぼれてゆく。男はそれをしずかにみつめていた。……泣きたいのはおれのほうだ。はっとするほど通った男の声が震えて、かすれている。ルートヴィッヒを支配するテレビの音がわずかにおさまった。まぶたの隙間が少しずつひろがる。
作品名:あの夜の 後篇 作家名:高橋