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問わず語り

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(三)現在ふたたび

 朝の日差しが開け放した障子の間から、部屋の中に差し込んでいた。光が当たって長い睫毛がかすかに震える。やがて二、三度まぱたきして蘭兵衛は目を開けた。
(・・・・)
 目を覚ました蘭兵衛は、自分がどこにいるのか分からなかった。見憤れた自分の部屋ではなくて客間にいることを認識するのに少し時間がかかった。
(咋日はちゃんと自分の部屋で寝たたはずなのに…)
「んー…」
 となりから聞こえる寝言に蘭兵衛はぎょっとする。どうして自分が客間の捨之介の布団の中にいるのか理解できなかった。
「おはよ、蘭兵衛くん」
 あわてて背中を向けたところを実は起きていたらしい捨之介に抱きしめられて、蘭兵衛がじたばたと暴れる。
「血迷ったか、捨之介」
「えー? 夜這いかけてきたのはお前のほうだぜ…冗談だよ」
 顔色を変えて体を起こした蘭兵衛を、捨之介が豪快に笑いとばした。
「夜中に目が覚めたら、枕元にお前がいた。風邪ひかせるのも何だから、ここに寝かせた。それだけだ」
「…」
 捨之介の言葉に蘭兵衛がうつむく。自分が何をしでかしたのかおぼろげながら思い出したらしい。
「蘭兵衛?」
「…お前が殿だったら良かったのにな」
 それは小さなつぶやきだったが、捨之介にははっきり聞こえた。
(どんなに似てても、お前は殿ではない)
 かつてそう言い放ったのは、蘭丸自身だった。顔が、声が、体格がどれだけ似ていても捨之介は大殿にはなれない。それは最初からわかっていることだったし、捨之介を大殿の代わりにできるほど蘭丸は器用ではないはずだった。それなのに…。
「…」
 反論しようとして、今度は捨之介が黙り込む。朝の光の中で、眼鏡をかけていない蘭兵衛の横顔は今にも消えてしまいそうな、はかなげな笑みを浮かべていた。それは『蘭丸』でも『蘭兵衛』でもない、かつて大殿だけに見せていた『お蘭』の顔でさすがの捨之介も見とれるほどに美しかった。
「…お前が女だったら押し倒してるぞ」
「お前らしいな…朝飯食うだろ? 用意させる」
 口の端に冷笑を浮かべ、優雅な物腰で立ち上がった蘭兵衛はもう普段の『無界屋蘭兵衛』そのもので、捨之介は残念そうに小さく舌打ちした。
「捨之介」
 蘭兵衛が戸口で振り返る。
「…ありがとうな」
 小声でつぶやかれた言葉の真意に捨之介が気づいたときにはもう、蘭兵衛は障子を閉めて部屋を出ていた。
「らしくねえな…」
 八年という歳月は、捨之介には十分すぎるほど長い時問だったが蘭丸にはそうでもなかったのかもしれない。
 昨夜のことを考える限り、蘭丸の心の傷が癒えたとはとても思えなかった。
(さて、どうするよ)
 捨之介はひとつため息をついて、煙管に火を付けた。
 なんとなく嫌な胸騒ぎがする。あの頃、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた捨之介の勘が何かが起こりそうだと告げていた。
(…今度は逃げないぜ)
 八年前にやり残したこと。それを片づけるために捨之介は東国へ出てきた。
 謎の仮面の男が率いるという関東髑髏党。捨之介のつかんだ情報が正しけれぱ、党首は捨之介が探し続けていた大殿のもうひとりの影のはず。八年前にあの男がやらかした事のケリをつけなくてはならない。それは捨之介自身がやらなくてはならない仕事だった。
(いつだって、あいつは殿と同じものを欲しがったよな)
 天下と権力と蘭丸と。大殿と同じ顔を持ち、同じ織田の血を引いていたとしても、叶うはずはないのに。
 あの男が蘭丸に異常なほど執着していたのは捨之介もよく覚えている。大殿が生きていた頃から狙っていたくらいだ、きっと必ず蘭兵衛を狙ってくるだろう。今まで無事だったのが不思議なくらいだが、それだけはさせるわけには行かなかった。やっと穏やかに暮らせるようになった蘭兵衛を、また血なまぐさい世界に引き戻したくなかったし、それに…。
 傷ついた蘭丸を宋易の屋敷に置いて逃げた日のことを、捨之介は今でも後悔している。あの日からずっと蘭丸の想いを受けとめきれなかった自分の弱さを侮やんできた。あの時、絶対に蘭丸の手を離してはいけなかったのに。
 だからこそ、二度と逃げ出したくはなかった。たとえたったひとりで髑髏党と戦うことになろうとも、自分の心に嘘をつくのはもう嫌だった。
「よっと」
 捨之介は起き上がって大きく伸びをした。
 無界の里、自身の誇り、そして蘭兵衛。捨之介にとって譲ることができないものを守るための戦いが今、始まろうとしていた。

 <了>





作品名:問わず語り 作家名:よーこ