問わず語り
すたすたと人の輪の中に入ってくるが早いか歯切れのいい口調で歌舞伎者たちとやり合う姿には、すでに色街の主としての貫禄がついていて、かつて色事が大の苦手で朴念仁とまで言われた蘭丸と同じ人間だとはとても思えなかった。
どうやら風の噂で聞いた、関東一の色街・無界の里をわずか数年で築きあげた若きあるじというのは本当にあの男のことなのだ、と捨之介もさすがに納得した。
見つめる捨之介の視線に気づいたのか、古ぼけた算盤を手にした男がきろりと睨んだ。きつい眼差しが捨之介を見据える。懐かしさにめまいすら覚えた。
「よお」
捨之介が、親しみをこめて左手を上げた。
長い前髪の下に黒縁眼鏡をかけて野暮ったい商人の格好をしていても、上背のわりに華著な体つきと抜けるような肌の白さはあの頃とまったく変わってなくて、捨之介にはひと目でわかった。無事でいてくれたのだと。
「…てめえ、まさか」
やっぱり蘭丸-今は蘭兵衛だが-もそれは同じで、さすがに鉄面皮がほんの少し崩れた。が、すぐに無界の里のあるじの顔に戻る。その表情がかつて大殿のそばにいた頃の蘭丸そのままで、捨之介は微笑んだ。ただ蘭丸が生きてくれていたことが無性に嬉しかった。