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問わず語り2-挽歌ー

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(守らなくては)
 女たちを、里を守るのは主たる自分の務め。しかし義務や強制ではなくて、心から守りたいと思った。
 自分を慕ってくれる女たちの笑顔を、穏やかな暮らしを、そしてやっと手に入れた安住の地を心から守りたいと思った。その想いが蘭兵衛を駆り立てた。行く手に卑劣な罠が潜んでいるとも知らずに。

「さあ、飲め」
 あの方と同じ顔をした男が、血の色をした液体を満たした盃を差し出す。
「あ・・ああ・・・」
 得体の知れない恐怖を感じて、じりじりと蘭兵衛があとずさる。
(手にしたらいけない)
 蘭兵衛の中の何かが警告する。それを手にしてしまったら最後だと。けれども身体が言うことをきかなかった。
(いけない)
 見えない力に引き寄せられるように、蘭兵衛は手渡された盃を飲み干す。くらりと目の前が霞んでよろけた。
「危ない」
 黒ずくめの男が南蛮風のマントを広げて蘭兵衛を抱き止めた。細い身体がすっぽりと抱き込まれる形になる。
「お前の名は?」
 蘭兵衛を腕に抱いて、蛇のように冷たい目をした男が尋ねる。
「・・・・・」
 男の腕に身体を委ね、ぼんやりと蘭兵衛は男を見上げる。自分が知っているこの顔をした人間は、こんなに冷たい目をしていただろうかと思いながら。
(この男は・・・ではない)
 悲鳴のように、心のなかで何かが叫ぶ。しかし今の蘭兵衛にその声は届かない。
(・・コノオトコハ、トノデハナイ)
「答えろ」
 口を閉ざしたままの蘭兵衛に苛立った様子の男が、顎に手を掛けて上向かせる。女のように細い首がしなった。
「・・蘭丸・・・森蘭丸」
 とうに捨てたはずの名が、紅い唇からこぼれた。
「それでいい」
 男は満足げに微笑むと、蘭丸の唇に自分のそれを重ねた。一瞬蘭丸の瞳が見開かれたが、やがてゆっくりと長い睫毛が下りる。
 先程飲まされたもののせいか身体が熱を持ったように熱く、頭の中に霞がかかったようで何も考えられない。
 昔も今も、大殿にさえこのような振る舞いを許したことがないことさえ忘れて、蘭丸はうっとりと目を閉じる。まるで恋人の腕に抱かれる乙女のように。
「俺は誰だ、蘭丸」
「・・殿」
(チガウ!)
 この男が殿のはずがない。嫌というほどわかっているはずなのに蘭丸の身体は男にすがりついていた。あの日失くしてしまったぬくもりを、二度と手放さまいとするように。
「いい子だ」
 目を細めて男…天魔王が冷たく笑った。
「胡蝶丸」
 天魔王が側近の名を呼んだ。平伏した胡蝶丸が一振りの刀を差し出す。
「お前の刀だ、蘭丸。懐かしいだろう?」
「・・・」
 天魔王が手渡したのは、本能寺で失くしたはずの大殿から拝領した刀だった。
「行け、蘭丸。俺の敵を斬ってこい」
 蘭丸のために作られた、細身の刀を受け取った蘭丸の目の色が変わる。ぼんやりと開かれていただけの瞳が怪しい光を帯びる。その手にした刀のように鋭い殺気を身に纏い蘭丸は『敵』を睨みつける。
「…御意」
 抑揚のない冷たい声が、唇から漏れた。
「・・首尾良く手に入れられましたね」
「ああ、やっとな」
 玉座に戻った天魔王の耳元に無明が囁いた。まるで舞うように敵を切り伏せて行く蘭丸の戦いぶりを眺めて、天魔王が満足そうに目を細めた。
「・・見事だった、蘭丸」
 玉座の前に蘭丸がひざまずいて天魔王を見上げた。返り血が飛んだ白い頬がかすかに上気している。
「お前の部屋を用意させた。その粗末ななりを替えるといい」
  うっとりと蘭丸を見つめながら、天魔王が傍らに控えた女を示す。
「無月と申します。蘭丸様のお世話をさせて頂きます」
 平伏した女を、蘭丸は物でも見るような目で見つめた。
「どうぞこちらへ」
 天魔王に一礼すると、歩き出した女に付いて蘭丸は大広間を出た。

作品名:問わず語り2-挽歌ー 作家名:よーこ