二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

問わず語り2-挽歌ー

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 





「こちらをお使いになるようにと」
 無月が蘭丸を部屋に案内した。それは初めて見るはずなのに見覚えのある部屋だった。調度類は飾り気はないが質のいいもので揃えられている。どこか見覚えがあるのは安土の城で蘭丸が与えられていた部屋に似ているからかもしれない。
「お召し替えを。こちらでお気に召さなければ他のものもありますので」
「…いや、これでいい」
 無月に言われるまま、血で汚れた顔や手足を拭かれてあらかじめ用意されていたらしい着物を着せられる。
「いかがですか、お似合いでございますよ」
 無月が姿見を引き寄せた。
「・・・」
 蘭丸のためにあつらえられただろう薄く作られた鎖帷子に、錦の袴、男が着るには華やかすぎる柄をあしらった着物を着た鏡の中の自分を見て、軽いめまいがした。そこにいるのはあの頃の自分だった。
「おぐしはどうなさいますか、結いますか?」
蘭丸が動きやすいように右の袖を外して刀を差すと、かいがいしく世話を焼いていた無月が蘭丸の髪を手に取ろうとした。
「・・このままでいい、触るな」
 身体を引いて、蘭丸が逃げた。気心の知れない人間に髪を触らせることは、蘭丸にとって耐えられないことのひとつだった。
ただひとつ、あの頃と違うのは蘭丸の髪の長さだった。長く伸ばして小姓髪に結っていた柔らかな黒髪は、今は肩口で揺れて顔の半分を隠している。結べない長さではなかったし斬り合いには邪魔だったが、結びたくなかった。それが何故なのかは蘭丸にはわからなかったが。
「蘭丸殿、天魔王様がお呼びです」
「今行く」
 戸口で平伏した兵士に鷹揚に答えて、蘭丸は部屋を出る。何もかもあの頃と同じようでいて、それでも決定的に違うことがある。天魔王は大殿ではないし、蘭丸もあの頃の蘭丸ではない。それでも蘭丸は抑えがたい誘惑に抗えなかった。 まやかしでもいいから、もう一度逢いたかった。そしてお傍でお仕えしたい。八年前に無理矢理諦めさせられた、甘い夢。
 常の蘭丸なら、蘭兵衛なら惑わされるはずのない夢に溺れるのはあの時飲まされた夢見酒のせい。ただ蘭丸は不幸にもまだそのことに気づいていなかった。
 
「・・稚児風情に何ができる」
 大広間に続く回廊で、蘭丸は足を止めた。不穏な気配に振り向いた先、柱の陰にいたのは胡蝶丸だった。
「その稚児に負けたのは誰だろうな」
 天魔王に心酔しているらしい胡蝶丸にとっては、蘭丸の存在は目障りなのだろう。それはわかるが、格下の相手に侮らせて平気でいられるほど蘭丸の度量は広くない。挑発に蘭丸は凍るような笑みで答えた。
「胡蝶も龍舌も花の名前だな」
 相手が反応したのが伝わってくる。蘭丸の皮肉が堪えたらしい。
「・・殿に呼ばれているのでな。失礼する」
 哀れなものだと蘭丸は思った。おそらく胡蝶丸と蘭丸は合わせ鏡のようなものなのだろう。殿の寵愛を失うことを怖れて足掻くその姿は、明日の自分なのかもしれない。

 蘭丸が城に来た日の最後の仕事は、念入りに湯浴みをして天魔王の私室に行くことだった。
「こちらをお召しください」
 無月が着せ掛けた白い練絹の夜着を見て、蘭丸が首を傾げた。それはかつて大殿の伽をつとめた女たちや小姓たちが着ていたものと同じものだった。
「今夜からは蘭丸さまがおつとめになるようにと」
 蘭丸の無言の問いに気づいたらしい無月がささやいた。
「そうか」
 大した疑問も持たずに差し出された夢見酒を飲み干すと、蘭丸は無月に手を引かれて天魔王のもとに案内された。
「ご苦労だったな、無月。下がっていい」
「・・は」
 天魔王に一礼して、無月が退出した。
「来い、蘭丸」
 鎧を脱いだ夜着姿の天魔王が、蘭丸を手招きする。蘭丸はおぼつかない足取りでその腕のなかに倒れこんだ。
「待っていたぞ」
 天魔王の手が蘭丸の髪に触れたとたん、全身に悪寒が走った。絹糸のようなその髪をまさぐる手を許しながらも、蘭丸は耐えがたい違和感を感じていた。
「…初めてか?」
 小さく身体を震わせる蘭丸に気づいたか、天魔王が下卑た笑みを浮かべて尋ねる。
「私が殿以外に肌を許すとでもお思いですか」
 あけすけな天魔王の問いに、いささか気色ばんで蘭丸が答える。自分の殿への想いを疑われたようで、口惜しかった。
「…かわいい奴だ」
 満足そうに笑って、天魔王は蘭丸の身体を寝台にそっと横たえた。
(これは・・・誰なのだろう)
 自分を抱く相手が殿以外のはずがない。そう思いながらも蘭丸の中の何かが『違う』と訴えていた。与えられる快感に身体が徐々に支配されても、心のどこかが醒めている。
 どれだけ唇を重ねても、肌を合わせても、身体を繋いでさえ違和感は消えるどころか募るばかりで。そのうえ強く抱かれれば抱かれるほど蘭丸は胸が塞がるような寂しさすら感じていた。夢にまで見た最愛の殿の腕の中にいるはずなのに、どうしてこんなにも遠く寒く感じるのだろうかと思いながら。
(・・・)
 自分が満足すると、飽きた玩具を放り出すようにさっさと眠ってしまった天魔王の背中を見つめる蘭丸の頬を涙が伝い落ちた。
(あれは、誰だ)
 以前蘭丸が深く傷ついた時、ただ優しく抱きしめてくれたのは誰だったのか。少なくとも今目の前にいる人間ではなかったはずだ。
 蘭丸にはその腕が恋しかったが、思い出そうとすると頭が割れそうに痛んでそれ以上考えられなかった。
(殿・・・)
 やっと殿に抱いてもらえたというのに、何故か喜びよりも悲しさしか感じなかった。
こみ上げる嗚咽を押し殺して、蘭丸は眠りに落ちた。


作品名:問わず語り2-挽歌ー 作家名:よーこ