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蘭兵衛の災難

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 下卑た笑みを浮かべて和泉屋が蘭兵衛の胸元に手を入れようとする。その手を押しとどめて蘭兵衛は嫣然と笑った。
「いただいたのは、お金ではございません。あの方は私に名前をくださいました」
 蘭の字をくれたのは、大殿だった。武士でなくなっても捨てられなかった大事なものだ。
「ですから、私はあの方のものなのですよ」
「…なんだ、旦那持ちか」
 酔いが醒めたような顔で、和泉屋が呟いた。
「だが、酒の相手はしてくれるんだろう?」
「和泉屋さまがお望みとあれば」
 蘭兵衛の返答に、満足そうに笑って和泉屋が立ち上がる。それをお開きの合図と取って、取り巻き連中も帰り支度を始めた。
「ならば、また来る。太夫によろしくな」
「ありがとうございました、またおいで下さいませ」
 しとやかに指をついて、蘭兵衛は一行を見送った。
 
 着替えて化粧を落とし、いつもの格好に戻った蘭兵衛が大きくため息をついた。
「蘭兵衛はん、お疲れさま」
 おかなが湯飲みを差し出した。
「初めてにしては上出来でしたよ。あれなら明日からでもお座敷に出れますね」
「…よしてくれ」
 およしの軽口に、蘭兵衛がうんざりしたように呟いた。よっぽど懲りたらしい。
「まあ、満足してお帰りになられたんだからいいじゃないですか」
 蘭兵衛が脱いだ着物を片付けながら、おかなが主人をなだめる。
「あとはりんどうの姐さんが良くなればめでたしめでたしですよね?」
「あ…ああ」
 うなずきつつも、蘭兵衛の表情は冴えない。なんとなく嫌な予感がしたからだった。
「でも、知りませんでしたよ。蘭兵衛はんにいい人がいたなんて」
(・・・やっぱり)
 そっと逃げだそうとした蘭兵衛の腕を、おかなが掴んで離さない。
「どんなひとなんですか? 綺麗なひと??」
 興味深々らしい女たちに迫られて、蘭兵衛がじりじりとあとずさる。
「いや・・・今日は疲れたからまたにしてくれないか」
「あ、蘭兵衛はんっ」
 一瞬の隙をついて、蘭兵衛が逃げ出した。さすがに大殿のことを女たちに話すわけにはいかなかったから。

 数日後。
「どうする、蘭兵衛はん」
 心底困った顔をしたおよしが座敷の様子を窺う蘭兵衛に耳打ちした。
 和泉屋があの宴会以来数日ぶりに無界屋に来たのだが、藤乃に会わせろと言ってきかないという。
 やっと風邪が治ったりんどうが和泉屋の相手をしているのだが、自分ではない花魁の話を延々されて、やや機嫌が悪くなってきているらしい。
「蘭兵衛はん、またお願いできます?」
「・・・・・」
 眉間にしわをくっきりと寄せた蘭兵衛は無言だった。

 無界屋に藤乃という美貌の太夫がいるという噂が里のなかをしばらく騒がせたが、その姿を見た者はその後なく、素性を問われても蘭兵衛は何も答えなかったという。
「俺も見たかったよな~」
 極楽の座敷に上がっていた兵庫がぼそりと呟いた。
「あら、兵庫の旦那は藤乃のほうがお好み?」
 極楽に嫌味を言われて、兵庫がぶんぶんと首を振る。
「そんなことないっ!!…でも、噂がちょっと気になってな」
「ふうん?」
 ちらりと兵庫を見やって、極楽は煙管をふかした。
「綺麗な人よ。でもいい人がいるらしいけどね」
 細く開けた障子の隙間から、極楽は廊下に向けて片目をつぶって見せた。
(ね、蘭兵衛はん?)
 廊下では艶やかに微笑まれて、蘭兵衛が固まっていた。

 蘭兵衛の災難は、まだまだ続きそうである。

 
<了>






作品名:蘭兵衛の災難 作家名:よーこ