【米英】LOST HEAVEN
辺りは見渡す限り、深い森に包まれている。
背の高い木々が外界を遮断するかのように一面に佇んでいた。何の木かは分からないが、どれも青々と葉が生い茂っている。道らしい道はなく、地面はところどころ根がむき出しになっていて足元がおぼつかない。
そんな中を、俺はアメリカと共に歩いていた。
ここがどこか、俺たちは知らない。俺の家にある森に似ているが、違う。アメリカも見覚えはないと云う。
知らないのは、三日前に入ったこの森だけではない。ある日気がついたら、俺たちはまるで見知らぬ土地に立っていたのだ。
だけどこの不可思議な現象について、俺もアメリカも、深く考えるのをやめていた。アメリカに至ってはここに来てものの数時間のうちにさじを投げた。
――こんなこと、いくら考えたって無意味だよ。今はそれよりも、これから俺たちは何をすべきかについて考えたほうが建設的だと思うぞ。君はそう思わないかい、イギリス?
そう云ったアメリカをそのときは気楽で羨ましいと思ったが、後になって正しいと悟った。確かにこんなのは、いくら考えたって分かることじゃない。
現状はこうだ。俺とアメリカは鬱蒼とした森の中にいる。そこから抜け出すために、もう三日もの間、ひたすら歩いている。だけど、どこまで行っても似たような風景が続くばかりで、いっこうに出口が見える気配がない。
少し前を行く男に視線を遣る。アメリカは妙な格好をしていた。Yシャツにジーンズという軽装は今に始まったことではないが、やけに時代がかった長い上着にウエスタンブーツを合わせ、そして今は仕舞っているが、腰の部分には、ある物騒なものを着けている。
けれどおかしな姿なのは俺も同じで、中はスーツだけど、黒いマントをその上にひっかけている。更に同じように、小道具をひとつ。
「日が沈んでいくぞ」
不意にアメリカが前方で呟いた。見れば確かに、彼の向こう側――西の空が赤く染まり始めていた。金色の髪がオレンジ色に変わり、輝いている。
「ああ……もうそんな時間か」
一日中森の中にいたから、時間の感覚がなくなっている。本格的に暗くなる前に、今夜寝る場所を確保しておいた方がいいかもしれない。
そう思った心を読んだかのように、アメリカが振り返った。
「イギリス、俺たちは今夜も野宿かい?」
「この分だとそうだな。早くしねえと、暗くなるとあいつらに遭遇しやすくなるから……」
「そうだね、さっさと今日の寝床を決めてしまおうじゃないか。もうこの辺でどうだろう?」
アメリカは立ち止まると、傍に立っている木の幹に手を付いた。歩き疲れたのか、顔に疲労の色を滲ませている。だけどその足元は、とてもじゃないが寝られるような状態ではない。
「ばか、こんな地面がでこぼこなところで寝れるかよ」
「ダメかい?」
「当たり前だろ。却下だ、却下」
いかにももう歩くのが面倒だと云わんばかりの顔に呆れた声を返すと、むう、と頬を膨らませてアメリカは不満をあらわにする。
「そうは云うけど、さっきから同じところをぐるぐる回ってる気がするんだぞ。それに、お腹も空いたし」
……ああ、元気がないのはそういうことだったか。
理解すると同時、ぐうう、と切なげな音が聞こえて来た。合いの手を入れるかのようなそれに、苦笑を漏らす。
「ほんっとお前、腹が減ると途端に落ちるよな」
「……そういう仕様なんだから仕方がないじゃないか」
ふてくされた様子で返すが、それ以上云い返す気力もないらしい、アメリカは息を吐くとその場に座り込んだ。
「ああもうダメだ、背中とお腹がくっつきそうだよ。先に夕飯にしようよ」
どうやら本当に空腹モードに突入したらしい。こうなったらどうしようもない、俺は頷くと、腰に装着しているものを手にした。それは黄金色の剣で、柄の部分には美しい装飾が施されている。
「分かった、ちょっと待ってろ。夕飯は出すのに時間かかっから、とりあえず体力回復用のスコーン出してやる」
「ああ……君のスコーンなんか出来るなら食べたくないけど、背に腹は代えられないから早くしてくれよ」
「おっまえなあ、それが人に物を頼む態度か? ……まあいい」
半身ほどの大きさの剣を天に向けてかざすと、俺は呪文を唱えた。
「天よ、地よ、誇り高きブリタニアの祖先よ。我が手に奇跡を起こしたまえ。出でよスコーン、ほあた!」
そして一振りすると、眩い光とともに、皿に載ったスコーンが空中に現れた。それはゆっくりと降りて来て、尻をついたアメリカの足元へと着地する。
「さあ食え、ちゃんとクロテッドクリームとジャムも添えてあるからな」
「……何度見ても、この黒こげがどうして回復剤になるのか分からないよ……」
アメリカはげんなりしたように云ったが、仕方なく、といった様子で皿に手を伸ばした。
いや、伸ばそうとしたのだが、そのときだ。急にどしん、と地鳴りがして、スコーンの皿が吹っ飛んだのは――。
「ああっ、俺のスコーンが!」
「な、何事だい?」
皿は綺麗な放物線を描いて飛んで行き、スコーンは無残にも地面にぼたっと落ちた。回復薬がなくなったというのに、心なしか嬉しそうに見える顔でアメリカが振り返る。つられて見てみれば、おおよそ予想通りのものがそこにはいた。
俺たちの背後に佇んでいたそれは、十フィートはあろうかという、巨大ドラゴンだった。首から先は三股に分かれていて、頭が三つ付いている。緑色のウロコのような身体は森に潜んでいるにはあつらえ向きで、ゆえにその存在に気づくのが遅れてしまったのだろう。
「イギリス!」
「ああ」
気の抜けていた表情が、一転して真顔になる。呼ばれて返した俺は、剣を右手で構え直した。ほぼ同じくして、アメリカは腰につけていたホルダーからその中身を取り出し、ドラゴンに向ける。
バン!
火薬の破裂音が耳をつんざく。そう、アメリカの持っているそれは、回転式拳銃だ。一発目は間近だったこともあり、見事に頭の一つに命中した。ぐらり、と巨大が揺れて倒れる。まずは一体目。
バン!
アメリカはすぐに二発目を放った。今度はドラゴンが動いたために頭を外し、胴の部分に当ったが、致命傷には至らなかった。しかも攻撃されて怒ったらしい、ドラゴンは羽を広げると、ばさり、と音を立てて俺たちの頭上へと舞い上がった。
「アメリカ、来るぞ!」
「分かってるんだぞ!」
バン、バン!
遠のくまでの間に更に二発見舞う。それでもドラゴンは倒れない。まずい。弾は六発だから、あと二発で補充しないとならない。その前に俺は魔法陣を用意しなければ――そう思い、懐からノートを取り出そうとした矢先。
カチ、カチッ。
「あれっ?」
間抜けな音と声が続けざまに聴こえてきて、俺は耳を疑った。おい、ちょっと待て、もしかして。恐る恐る振り向くと、アメリカは悪びれもしない顔で云った。
「そういえばさっきのバトルで撃ちすぎて、弾がもうなかったんだぞ!」
「ばかあああ!!」
突っ込んだ声に被せるようにして、ドラゴンがこちらに向かって口を開いた。真っ赤に燃える炎がその口内から溢れ出たかと思うと、まっすぐに向かってくる。
「っ……!」
作品名:【米英】LOST HEAVEN 作家名:逢坂@プロフにお知らせ