【米英】LOST HEAVEN
魔法陣は間に合わない、そう判断した俺はノートをやめてマントの内ポケットから護符を三枚取り出すと、ふっと息を吹きかけてから一枚をアメリカに投げつけた。こんなのでも気休めにはなるだろう。
「アメリカ、受け取れ!」
「OK!」
アメリカがそれを手にしたのを横目で確認してから、一枚をポケットに戻す。そして残りの一枚を地面に置くと、その上から剣を突き立てた。
「シールド!」
刹那、白い光が俺とアメリカと剣とを取り囲み、すぐに消えた。これで護符が囲む三角形の範囲に防御壁を作れたはずだ。ほっとした瞬間、炎が俺たちを包み込むようにして襲ってきた。
「う……っ!」
壁の境界線と思しきところを沿うようにして、バチバチと火花が飛び散る。護符のシールドは決して強いものではない、それでも何とか炎から耐えたが、一度の防御で限界のようだ。既にボロボロになっている。
「もう一枚……!」
けれどそれをさせまいとばかり、二頭目のドラゴンが火を吹いた。
「くっ、」
ひときわ大きな衝撃を受け、前方でアメリカが呻いた。爆風で眼鏡が地面に弾け飛んだのが視界に入る。
「アメリカ! くそっ」
やはりこんな簡易結界じゃダメだ。剣を抜くと、ばちん、とシールドが解けたが気にせずにそれを胸の前にかざす。
「精霊たちよ、我に力を!」
ドラゴンは、火の属性だ。ならば何の魔法が効くかなんてことは考えるまでもない。
「水の精、ウンディーネ! 我に聖なる水を与えたまえ!」
剣の先から、こぽり、と水滴が零れた。ウンディーネを召喚できた証だ。俺は剣を両手で握りなおすと、出来るだけの力をそれへと込める。
「ウォーター・ストーム!」
そして剣をドラゴンへと向け、一気に解き放った。
**
「ワオ、やったぞ!」
ドラゴンが消え失せると、アメリカは興奮した面持ちで拳を握り締め、ガッツポーズをした。俺はその背後に近づくと、怒鳴りつける。
「やったじゃねえ、このバカ! 後先考えないでばかすか銃撃つな!」
アメリカはチラリと俺を見て、だって、と口を尖らせた。
「君の術は魔法陣だの呪文だの、いちいち時間を食うじゃないか。のんびり待ってたら死んでしまうよ。その呪文、少し縮められないのかい?」
「バカ、そんな精霊たちに失礼なこと出来っかよ! それに結局は俺の魔法でやったんじゃねえか」
「別に君の助けがなくたって、あんなの軽く投げ飛ばしてたぞ」
むっとした顔でアメリカは云い返す。俺は、ああと頷いてみせた。
「相手が空を飛んでなけりゃな。あの分じゃ投げる前に黒こげだ、お前は遠距離攻撃に対する守りがまるでなってねえんだから」
心外だ、という表情をアメリカはして見せた。
「攻撃は最大の防御って云うだろう?」
「その攻撃がお粗末だから云ってんだ。大体お前はせっかちな上に計画性なさすぎなんだよ、だから弾切れなんかすんだろ。残りの弾の数くらいちゃんと頭に入れとけバカ」
「……分かったから、バカバカ云わないでくれよ」
論争は俺に軍配が上がった。アメリカは言葉を探したが見つからなかったようで、かろうじてそうとだけ云った。それからふいと顔を逸らすと、身をかがめて落ちていた眼鏡を拾う。
「良かった、割れてないぞ」
「分かってねえから云ってんじゃ……、」
聞く耳を持たないといった様子にさらに説教をしようとしたが、眼鏡を掛けなおした顔がやっとこっちを見たことで、その頬に赤い筋が走っていることに気づいた。
引っかき傷のようなそれは浅いようだが、わずかに血がにじんでいる。さっきの攻撃でついたのだろう。
「アメリカ、それ」
手を伸ばす。指先が頬に触れそうになり、アメリカはびくりと身体を震わせた。驚かせてしまったようだ。
「わあ、いきなり何だい?」
「何だじゃねえ、傷になってんじゃねえか」
云われて初めてその存在に気づいたというように、目をぱちくりとさせる。
「ああ……、こんなのかすり傷だぞ」
「いいから、じっとしてろ」
右手をかざして云うと、何をされるのか分かった彼はおとなしくなった。
「光の精よ――」
回復の呪文だ。唱えている間に手のひらが熱くなり、光を放ちだした。それに当てられた頬の傷が、端の方から徐々に治癒していく。そうして数秒で跡形もなくなった。
「ほら、治ったぞ」
「……ありがとう」
何だかんだ云いつつも素直に礼を述べた彼に、思わず笑みが漏れる。
「ったく、しょうがねえな、お前は」
「……、」
するとアメリカは哀しいような苦しいような傷ついたような、何とも良く分からない複雑な表情をした。
「? 何だよ」
ここに来てからというもの、何度か見る顔つきだ。気になって尋ねるが、いつも通り、何でもないぞ、と返されるだけだ。一体何なんだと思うが、それを遮るようにアメリカはわざとらしくため息を吐いた。
「ああ、それにしても疲れたぞ。不味いスコーンすら食べ損ねたし、お腹ぺこぺこだよ」
「不味いって云うな。だけどそうだな、さっさと飯にして寝るか」
提案にアメリカは青い目を輝かせる。
「そうしよう。今なら君のご飯でもそこそこ食べられる気がするんだぞ!」
つくづく失礼な話だが、反論も出来ない。
「そんな飯しか用意してやれなくて悪かったな」
「君の魔法、好きなものを頼んだら出てきたりしないのかい?」
「俺はデリバリーピザじゃねえぞ」
「はあ、ハンバーガーが食べたいなあ……」
俺の飯はマック以下か、と聞こうと思ったがやめにした。答えは分かりきっていたからだ。
ここに来る前は毎日バカみたいにジャンクフードを食べていたアメリカだ、辛いのは何となく分かる。だけど俺が出せるものには限りがあって、ハンバーガーはその範疇にないのだから仕方ない。
まったく、おかしなことになったもんだな、と改めて思う。
見覚えのない森にいるとか、見覚えのない服を着ているとか、ドラゴンと戦うとか。魔法……は元から多少は使えないこともないが、それにしたってレベルが違う。これが現実的でなくてなんだというだろう。
そう、ここは現実の世界ではない。俺たちは非現実――もっと正確に云うなら、ゲームの世界にいるのだ。
……嘘みたいな話だが、それが一週間前に俺とアメリカが出した結論だった。
**
それはにわかには信じがたいことだった。だけど一週間前のその日、アメリカが買ったRPGゲームとやらをやっている最中に、それは起こった。
気がついたときには俺たちはこの世界にいて、それから旅をしている。「失われた楽園」と呼ばれる場所を目指している。そこがこの世界のどこにあるのか、そこに行ってどうすれば良いのか、俺もアメリカも知らない。ならばどうして向かっているのかというと、この世界に来てすぐ、出会った老師に導かれたからだった。
――二人の若い兄弟よ。《ロスト・へヴン》とは何か――それを探し、その答えを求めなさい。それが見つからなければ、この世界は破滅へと向かうであろう。
そんなことを云われては仕方がない、俺たちは探した。村を回り、街を訪れ、出会った人間に片っ端から尋ねた。
だがどの人間も同じ答えを返した。知らない、分からない、と。そして新たな場所を求めて、三日前、この森に入ったのだ。
作品名:【米英】LOST HEAVEN 作家名:逢坂@プロフにお知らせ