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ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ

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このいかつい人殺しの手から作られる信じられないくらい甘い菓子が、俺はいっとう好きであった。
傷のある右手は見かけからは到底想像できない繊細な手つきで生クリームを泡立てている。俺自身は菓子など作れないが、長年目の前で男が菓子を作っているのを見てきたので、そろそろ完成に着実と近づいているのが分かる。これはこの世では、俺だけの特権だ。
「今日は何のケーキ?」
「そんなのも分からねえのかよ、カス」
「生憎とお前ほどお菓子に詳しくなくてね、ザンザス…適当に当ててみるとすると、ショートケーキ、とか?」
男――ザンザスはちらりとも俺を一瞥することなく、ふわりと角立つ生クリームをまるで見せつけるように攪拌してみせる。
しかし、こうした反応を見せるということは存外正解なのかもしれないと俺は思った。仮に俺が間違っていたとしたら、グズだのカスだの素晴らしいお口で攻撃されていたことだろうから。何も言わないということは、俺の正解を素直に認めたくないということか。面倒な男である。もうずっと前から知っていることではあるが。
チンと機械的な音を立てて、オーブンがスポンジの焼き上げを知らせた。俺は眉尻を上げて反応しただけのザンザスをぼんやりと眺めていたのだが、彼はそれが気に入らないらしくひどく凶悪な顔つきで言った。
「とっとと行け」
「何処にさ」
「スポンジの所に決まってるだろうが、カス」
思いも寄らぬ申しつけではあるが、問題が一つ。
「俺出し方とか知らないんだけど……鍋掴みで掴めばいいんだっけ」
ザンザスの菓子づくりに付き合うようになってから大分経つが、俺は一度たりとて彼に手伝いを命じられたことがない。初めから最後まで器用に動く彼の手を見つめるだけなのだ。しかも熱心に観察していたのは最初だけで、近頃はだらだらと話しかけてザンザスの邪魔をするのみだ。彼が今何をやっているのかすら把握していない時もある。そんな俺に、例えオーブンから取り出すだけの簡単な仕事でも出来る筈がなかった。そもそも俺はいささか改善されるようになったとは言えダメツナと称されるほどのヘタレ人間なのだから。
「ザンザスくん?」
教えを請おうと彼の名を呼ぶが、生クリームを泡立てるのを止めたザンザスは何かを冷蔵庫まで取りに行きそこで作業を始め俺の言うことに返事をすることはなかった。
やれやれ、と俺は立ち上がる。
これ以上しつこくしたらオーブンよりも激しい炎でかっ消されるのは間違いない。うろ覚えだが、まあなんとかなるだろうと、鍋掴みを手に取った。

そこから先のことは、まあいつも通りのことであった。手早くクリームをスポンジに載せたザンザスは、それからその白い固まりを魔法のように飾りたてて店で売っているような――否、そこらの店では到底見ることの出来ないくらい可愛らしいケーキを作ってみせた。
もちろん俺はその作業に一切加わってはいない。こき使うなら使えそうなシーンはいくつかあったと言うのに。いやはや、火傷しそうな危険を侵したあれに一体何の意味があったのか…まあいい、と俺は立ち上がった。彼の気まぐれはそれこそ星の数よりももっと多かった。
「じゃあ行こうか」
「……ああ」
機嫌のよさそうな顔つきのザンザス(あくまでこれは彼にしてはということだが、)を率いるように俺はキッチンを出た。
昼下がりにふさわしいぽかぽかとした陽光は窓ガラスをすり抜けて廊下に敷かれる赤い絨毯をひっそりと照らしている。
まったく素晴らしいと俺は思う。
自然の光に暖められた部屋で暖かい茶を啜り、美味いケーキを食べる。その他に素晴らしいことなどきっといくつもありゃしないのだ。
ケーキを載せた銀の台は、がらがらと音を立てている。時々すれ違う部下も最早驚いた表情を見せはしない。少なくともこの邸ではザンザスが怖い顔でケーキを運ぶのは普通のことなのだ。それを彼が作っているのを知っているのは、まあ、俺だけではあるが。
キッチンから目的地は遠かった。ザンザスは死んだ貝のようにぴったりと口を閉ざし、俺もまたそうした。穏やかな昼下がりを沈黙と共に楽しむのも悪くはないからだ。いくつかの角を曲がり階段を昇るというちょっとした冒険を楽しんでから、俺たちは目的地たる巨大な木の扉を目前にした。すると、そこから獄寺君が出てきて、
「十代目、用意は済んでます」
「ありがとう。じゃあ、今日の仕事は終了ということで。皆に伝えておいて」
「分かりました」
目的地から出てきた獄寺君は軽く一礼するとそそくさとその場を去った。何か用事があるのかそれとも降って沸いた休日をたっぷり堪能しようという腹なのか俺には分からない。

部屋に入ると、正しく理想郷と呼べる光景が作られていた。開け放たれたカーテン、真っ白なテーブルクロスがかけられた丸机、その中心に置かれたティーポット、そして三つの椅子……。俺たちは紅茶が冷たくなる前にと、手早く支度を始めた。ザンザスはケーキを切り、俺は紅茶を三つのカップに注ぐ。赤い液体はふわりとした湯気を立ち上らせ、芳醇な香りで俺の鼻をくすぐった。ちらりと無表情でケーキを切る彼の方を見れば、俺たちのものより少し大きく切られたケーキ(無意識的か、意識的にかは謎。しかしどちらにせよとても素敵な行為だ)をそっと第三の席の方に押しやった。
「いやあ、いつも通り見事だね! 美味そうだ、うん、美味そうだ! こんな美味そうなケーキ俺見たことないよ! いやきっとおいしいに違いないね!」
「ごちゃごちゃ言ってないっで食え」
「やれやれ。ムードっていうのをそろそろ学ぶべきだよ、ザンザス」
「うるせえな」
冗談はさておき。これ以上怒らせても良いことはないので、俺も素直に食べ始める。実際、俺の胡散臭い宣言がなくとも彼のケーキは十分美味かった。甘いものは人並みの量しか食べられない俺だったが、さっぱりとしてしつこくないこの生クリームのおかげでいくらでも食えそうだ。
「美味いよ、ザンザス」
「……」
変わらぬ表情で食べ続けるザンザス君。まあ、まっすぐな賛辞に照れているのだろう。多分、きっと、おそらく。
乾いた口の中を潤すために紅茶を、一口。それからすぐに、
「九代目もそう思っているんじゃないかな」
沈黙し続けるザンザスに俺はそう告げる。怒るかなと思ったが、表面上は静かなままだった。眉間の皺を深くしたりとか、そういうこともない。ただ、小さく俺の世迷いごとを鼻で笑い、小さく切り分けられたケーキを食んだ。
「で、まあ、俺がこんなことをした理由はそろそろ分かってもらえたと思うけど」
「余計なお世話だカス、いやドカス」
「別にそれ言い直す必要なかったよね!? …確かにお前の言うとおり俺のしたことは余計なお世話でしかないだろうね」
「分かってるならなんでこんなくだらねえことした」
「……逆に聞こうか、ザンザス。君は、こうされて不快だったかい」
一瞬の間。
素直ではない彼の致命的な隙とでも言おうか。
「…そんなことも分からねえのか、てめえは」
「分かるよ。分かってる。だから、こうしたんだ」
三つの席。一つは俺の。一つはザンザスの。そして、もう一つの誰も座っていない席は、九代目の。