前世なんざ知ったことか!
「お待たせしました~。いや本当にスミマセン。」
じろりと車の横で立っていた片倉さんがこっちを見た。
ただ見ただけのつもりなんだろうけど、睨んでいるようにしか見えなくてちょっと怖い。
俺様が助手席のドアを開けて乗り込むと、ウチの親に一礼してから運転席に乗り込んでエンジンを掛けた。後部座席は伊達ちゃん一人のためのものだ。
こっちが手間取っている間に、親への挨拶は二人とも済ませたらしい。
車の中からもう一度頭を下げて、出発する。
俺様は「いってきます」の代わりに手を振った。
あ、伊達ちゃんも一応、笑顔で頭下げてる。社交性ってあったのね。
「珍しいじゃねえか。いつもの時間厳守はどうした?」
片倉さんがひっくい声で呟いた。片頬に今生でもついている傷が歪む。
「うーん、出掛けの電話がさあ、なかなか切らせて貰えなくって。文句は風来坊に言ってね。」
背負っていたメッセンジャーバッグを足元に置くと、その中からプリントされた地図を出して、片倉さんに渡す。
彼は受け取ったそれを見もせず、ダッシュボードの上に置く。
するすると車は安全運転で住宅街を抜けていく。
振動が少ないのは、運転手の腕か車の値段によるものか。多分、どっちも。
「なんだ、お前、前田に携帯教えてないのか?」
後ろから伊達ちゃんが意外そうに声を掛けた。
「伊達ちゃんなら教える?」
「No. 」
「でしょ?今日だって相談って言うより泣き言ばっかりだったよ。携帯なんて教えたら、俺様どんだけ時間取られるか・・・」
はあ、と溜息を吐いた。肩の力が抜けてシートベルトが食い込む。
前田が泣き言を言う気持ちは分かる。分かりすぎる。最初に聞いたとき、俺様は卒業していて良かったと本当に心から思った。
今年の新入生に、不登校児というか、教室に通わないひきこもりがいた。
保健室の隣にある、そういう生徒専用のカウンセリング室に通うことで出席日数を稼いでいて、おとなしく篭っていれば良いものを、授業中に校舎を歩き回っては騒動を起こしているらしい。
その名を、明智光秀というそうだ。
同情だけならいくらでもしよう。だが卒業しちゃった俺様には、もう関係ない。
「それでも話は聞いてやってるのか。お前は割り切るタイプだと思ったが意外だな。」
面白そうに言ったのは片倉さん。
赤信号になったので、ダッシュボードの地図を手にとって見ている。
と、すぐに眉間に皺が寄った。さもありなん。真田の旦那が用意した地図には、目的地の先にまで赤い丸がつけられている。
「んあー・・・内緒よ?俺様、前田にはちょっと弱いんだわ。」
「Pardon?」
青信号。車が進む。
「んー、だってさ、初めてだったんだよ。昔の記憶があることを、肯定した人が。」
バックミラー越しに伊達ちゃんを見つめれば、怪訝な顔をしていた。
片倉さんが興味深そうに訊く。
「なんて言ったんだ?」
「入学式終わってすぐさ、『昔の知り合いも何人かいるみたいだけど、卒業まではナシでいくから』って。」
「それが初めてだったのか。」
「そう。それまで俺様、自分が嫌いって言うか、信じられなかったんだよね。あんまり電波で。」
「A- なるほど。確かにありゃ、自分の精神疑うな。」
「伊達ちゃん、打ちひしがれてたもんねえ。」
「そりゃあなあ。我ながら狂ったのかと思ったぜ。んな暇ねえっつーの。」
と、伊達ちゃんの携帯が鳴った。着メロが葬送行進曲ってのはどうなんだろう、自分の家の電話だろうに。
チッと舌打ちをして出る。と、悪態の後で屋号やら器の名前やらが羅列された。
家の方のトラブルらしい。
「片倉さんはそーゆー不安とか、無かったの?」
こそりと訊けば、表情は全く動かなかった。
「お嬢様がお生まれになっていらしたからな。今生でも御一緒できる誉れに喜んだくらいだ。」
「ううっわ。」
俺様はヒいた。この人のこういう忠誠心とか、形にならないくせに重くて深い情が、俺様は苦手だ。
ピ、と後ろで終話音がして、伊達ちゃんがまた悪態を吐き、片倉さんが事の次第を聞きだす。
伊達ちゃんは目利きをやって家での立場を確立している。
骨董品、茶器、文物、そんな好事家向けのお高いアレコレの見立てと鑑定だ。
今日は歴史家のお母さん主催の、二ヶ月に一度の茶会がお家で開かれるので、その準備をしてから来るとは聞いていた。
が、お菓子が予定していたものと違って納品され、茶碗から掛け軸から主客の好みに誂えて用意したものが一切合わなくなったらしい。
水屋は今頃大騒動で道具を入れ替えているだろう。庭石にまで花を置いて演出指導って、アンタ何やったの、と思う。
伊達ちゃんは、長子が女ということで周囲の反発が大きいのだという。
イマドキ、とは思っても、それを言ってはいけない頭の固い人たちに恵まれてしまったらしい。
着々と立場を確立し、社交を広げる伊達ちゃんに何とか土を着けたい連中との戦いが、生まれた頃から繰り広げられているというからお金持ちは大変だ。
当の本人は、偽の注文入れなおした馬鹿を締め上げないとなあ、と悪巧みするみたいに笑っているので、ぞっとしない。
俺様は渇いた笑いを零した。
だっておんなじ顔を、ハンドルを握った片倉さんもしていた。
車は高速道路に乗って、一路北陸を目指す。
チカちゃんの学校で、四年に一度の学校祭が開催されると言う。
盛大だから是非遊びに来い、と何度も言われた。
学校は五年制で、今、一年生のチカちゃんは二回学校祭を楽しめる。
外部のお客さんを集めることに熱心で、いろんな遊びや屋台が用意されているらしい。
それが全部生徒の手によるものだというから、自由度の高さは半端無い。
日々に貰うメールからチカちゃんが四方八方に大活躍しているのがわかった。
花火上げるか、ヨットでパレードするか、英語劇の衣装は、カメラや放送機材のランクは、来賓のタレントは、ロボットの演出は、とアイデアをこれでもかと詰め込んで。
ぶっちゃけ、俺様にはステージで使う映像の下請けがネット越しに依頼されてたりした。
先週、午前二時でも作業をしてるらしいメールが来たので、寮の23時消灯はどうしたんだと聞いたら、学校に忍び込んで教官のパソコン使ってる、と返事が来た。
何そのカオスな学校、と呆れた。
昨日の携帯メールでは、寮の皆で懐中電灯を持ち寄って朝までバルーンを1000個作っていたらしい。入場門の飾りは毎度、そのデザインだとかで。
大変そうと思う半面で面白そうだった。
俺様と伊達ちゃんの学校は、無駄に高い偏差値を売りにしてるので、その種のイベントがちっともない。せいぜい体育大会くらいのものだ。
「久しぶりってわけじゃねえのに、チカに会うのも楽しみだな。」
「夏休みも会ったしねえ。でもこのところは帰省してないんだし久しぶりじゃない?」
「テレビでも見たじゃねえか。」
「ああ、ロボコン?」
夏に全国大会までいったチカちゃんたちのロボットは、ユニークな作りでテレビに取り上げられていた。
が、二回戦直前に自壊。
テレビでガックリと肩を落とした姿が映っていた。
全国放送だったから、毛利サマも見たんじゃないかな、と思う。
「アイツ、機械と関係ない学科に入ったくせにパソコンとか本気だよなぁ。」
じろりと車の横で立っていた片倉さんがこっちを見た。
ただ見ただけのつもりなんだろうけど、睨んでいるようにしか見えなくてちょっと怖い。
俺様が助手席のドアを開けて乗り込むと、ウチの親に一礼してから運転席に乗り込んでエンジンを掛けた。後部座席は伊達ちゃん一人のためのものだ。
こっちが手間取っている間に、親への挨拶は二人とも済ませたらしい。
車の中からもう一度頭を下げて、出発する。
俺様は「いってきます」の代わりに手を振った。
あ、伊達ちゃんも一応、笑顔で頭下げてる。社交性ってあったのね。
「珍しいじゃねえか。いつもの時間厳守はどうした?」
片倉さんがひっくい声で呟いた。片頬に今生でもついている傷が歪む。
「うーん、出掛けの電話がさあ、なかなか切らせて貰えなくって。文句は風来坊に言ってね。」
背負っていたメッセンジャーバッグを足元に置くと、その中からプリントされた地図を出して、片倉さんに渡す。
彼は受け取ったそれを見もせず、ダッシュボードの上に置く。
するすると車は安全運転で住宅街を抜けていく。
振動が少ないのは、運転手の腕か車の値段によるものか。多分、どっちも。
「なんだ、お前、前田に携帯教えてないのか?」
後ろから伊達ちゃんが意外そうに声を掛けた。
「伊達ちゃんなら教える?」
「No. 」
「でしょ?今日だって相談って言うより泣き言ばっかりだったよ。携帯なんて教えたら、俺様どんだけ時間取られるか・・・」
はあ、と溜息を吐いた。肩の力が抜けてシートベルトが食い込む。
前田が泣き言を言う気持ちは分かる。分かりすぎる。最初に聞いたとき、俺様は卒業していて良かったと本当に心から思った。
今年の新入生に、不登校児というか、教室に通わないひきこもりがいた。
保健室の隣にある、そういう生徒専用のカウンセリング室に通うことで出席日数を稼いでいて、おとなしく篭っていれば良いものを、授業中に校舎を歩き回っては騒動を起こしているらしい。
その名を、明智光秀というそうだ。
同情だけならいくらでもしよう。だが卒業しちゃった俺様には、もう関係ない。
「それでも話は聞いてやってるのか。お前は割り切るタイプだと思ったが意外だな。」
面白そうに言ったのは片倉さん。
赤信号になったので、ダッシュボードの地図を手にとって見ている。
と、すぐに眉間に皺が寄った。さもありなん。真田の旦那が用意した地図には、目的地の先にまで赤い丸がつけられている。
「んあー・・・内緒よ?俺様、前田にはちょっと弱いんだわ。」
「Pardon?」
青信号。車が進む。
「んー、だってさ、初めてだったんだよ。昔の記憶があることを、肯定した人が。」
バックミラー越しに伊達ちゃんを見つめれば、怪訝な顔をしていた。
片倉さんが興味深そうに訊く。
「なんて言ったんだ?」
「入学式終わってすぐさ、『昔の知り合いも何人かいるみたいだけど、卒業まではナシでいくから』って。」
「それが初めてだったのか。」
「そう。それまで俺様、自分が嫌いって言うか、信じられなかったんだよね。あんまり電波で。」
「A- なるほど。確かにありゃ、自分の精神疑うな。」
「伊達ちゃん、打ちひしがれてたもんねえ。」
「そりゃあなあ。我ながら狂ったのかと思ったぜ。んな暇ねえっつーの。」
と、伊達ちゃんの携帯が鳴った。着メロが葬送行進曲ってのはどうなんだろう、自分の家の電話だろうに。
チッと舌打ちをして出る。と、悪態の後で屋号やら器の名前やらが羅列された。
家の方のトラブルらしい。
「片倉さんはそーゆー不安とか、無かったの?」
こそりと訊けば、表情は全く動かなかった。
「お嬢様がお生まれになっていらしたからな。今生でも御一緒できる誉れに喜んだくらいだ。」
「ううっわ。」
俺様はヒいた。この人のこういう忠誠心とか、形にならないくせに重くて深い情が、俺様は苦手だ。
ピ、と後ろで終話音がして、伊達ちゃんがまた悪態を吐き、片倉さんが事の次第を聞きだす。
伊達ちゃんは目利きをやって家での立場を確立している。
骨董品、茶器、文物、そんな好事家向けのお高いアレコレの見立てと鑑定だ。
今日は歴史家のお母さん主催の、二ヶ月に一度の茶会がお家で開かれるので、その準備をしてから来るとは聞いていた。
が、お菓子が予定していたものと違って納品され、茶碗から掛け軸から主客の好みに誂えて用意したものが一切合わなくなったらしい。
水屋は今頃大騒動で道具を入れ替えているだろう。庭石にまで花を置いて演出指導って、アンタ何やったの、と思う。
伊達ちゃんは、長子が女ということで周囲の反発が大きいのだという。
イマドキ、とは思っても、それを言ってはいけない頭の固い人たちに恵まれてしまったらしい。
着々と立場を確立し、社交を広げる伊達ちゃんに何とか土を着けたい連中との戦いが、生まれた頃から繰り広げられているというからお金持ちは大変だ。
当の本人は、偽の注文入れなおした馬鹿を締め上げないとなあ、と悪巧みするみたいに笑っているので、ぞっとしない。
俺様は渇いた笑いを零した。
だっておんなじ顔を、ハンドルを握った片倉さんもしていた。
車は高速道路に乗って、一路北陸を目指す。
チカちゃんの学校で、四年に一度の学校祭が開催されると言う。
盛大だから是非遊びに来い、と何度も言われた。
学校は五年制で、今、一年生のチカちゃんは二回学校祭を楽しめる。
外部のお客さんを集めることに熱心で、いろんな遊びや屋台が用意されているらしい。
それが全部生徒の手によるものだというから、自由度の高さは半端無い。
日々に貰うメールからチカちゃんが四方八方に大活躍しているのがわかった。
花火上げるか、ヨットでパレードするか、英語劇の衣装は、カメラや放送機材のランクは、来賓のタレントは、ロボットの演出は、とアイデアをこれでもかと詰め込んで。
ぶっちゃけ、俺様にはステージで使う映像の下請けがネット越しに依頼されてたりした。
先週、午前二時でも作業をしてるらしいメールが来たので、寮の23時消灯はどうしたんだと聞いたら、学校に忍び込んで教官のパソコン使ってる、と返事が来た。
何そのカオスな学校、と呆れた。
昨日の携帯メールでは、寮の皆で懐中電灯を持ち寄って朝までバルーンを1000個作っていたらしい。入場門の飾りは毎度、そのデザインだとかで。
大変そうと思う半面で面白そうだった。
俺様と伊達ちゃんの学校は、無駄に高い偏差値を売りにしてるので、その種のイベントがちっともない。せいぜい体育大会くらいのものだ。
「久しぶりってわけじゃねえのに、チカに会うのも楽しみだな。」
「夏休みも会ったしねえ。でもこのところは帰省してないんだし久しぶりじゃない?」
「テレビでも見たじゃねえか。」
「ああ、ロボコン?」
夏に全国大会までいったチカちゃんたちのロボットは、ユニークな作りでテレビに取り上げられていた。
が、二回戦直前に自壊。
テレビでガックリと肩を落とした姿が映っていた。
全国放送だったから、毛利サマも見たんじゃないかな、と思う。
「アイツ、機械と関係ない学科に入ったくせにパソコンとか本気だよなぁ。」
作品名:前世なんざ知ったことか! 作家名:八十草子