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無口な人

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彼は無口な人だった。



やぁ、良い天気だね。最近どう?

この三つのフレーズがあの印象的な声のまま耳に残っている。
彼は僕のよく行くコンビニや通学路に、偶然とは言い難い頻度で静かに佇んで居た。
本人に確認を取った訳ではないが、これは待ち伏せと言っても自意識過剰では無いと思う。
僕は待ち伏せられた、彼が僕を待ち伏せている、認めたくない。

見ないふりで足早に通り過ぎようとすると前述の内容が無い様な短文で声をかけてくるのだが、無視する事も出来ず気のきいた質問や長文も返せない僕と彼の会話の行く先は見えていた、つまり沈黙だ。
僕がこの人に気のきいた事を言う必要なんかどこにも無い、どころか本来罵倒するべき立場だったのかもしれないが、僕は。

はぁ、そうですね、特に何も無いです。

…情けないだろうか。確かに彼には痛い目に合わされた。許せないし、もう関わるべきでは無いと思う。
大切な人達を思えば、また利用する気かと敵意を剥き出して断固とした姿勢を見せる所だとは思うのだが、そもそも何がこの人の狙いか解らない内は下手な行動をするべきでは無いんじゃないだろうか。
だから情けなくなんかない、慎重派と言って欲しい。
決して、タイマンになったら勝てないし、とかそういう事を考えていた訳ではない。



彼が居なくなった今となってはそれも杞憂だったなと、窓の外に流れる冬景色を流し見ながら他人事のように思って、少し笑う。他人事、というより夢物語とでもいうのか、ひどく現実感の無い思い出だ。
そのくせ、色褪せない。もう五年も前になるのに。
だって彼は無口だったのだ。無口。
あの男を形容するにこれ程相応しくない言葉が他に有るだろうか。


当時の僕はそんな彼に困惑した。高校三年、受験期真っ最中だったのに本当に迷惑な人だ。
彼は変だった。いや通常運転で変で迷惑な人ではあったがそういう意味では無くむしろ普通の人に近づいたというか変人が変になると一回転して普通になるのだろうか、同じ事を当時も考えた気がする。
だからこっちは受験期真っ最中だって、本当に迷惑な人だ。
そして本当に変、つまりいつもの彼では無かった。

例えば最後に会ったのは確かうちのアパートの前で、その日は雨だった。
学校から逃げる様に帰ってきたらうちの前に黒い影が雨の中電柱の影に隠れる様に傘も差さずに立っていて、何これ怖い、一瞬おばけか何かかと思って直視しない様に通り過ぎようとしたらまたあの声で

やぁ、良い天気だね。

どこがだよ、思って足を止めた瞬間に僕の傘にあたる雨音の勢いが更に増した。
最近どう?までは聴こえなかった。

はぁ、そうですね、風邪ひきませんか?

苦笑しながら近寄って、傘の中にずぶ濡れの彼をゆっくり入れた。
お人好し、そう小さく笑われた気がしたけれど、雨音に負けるくらいのそれは酷く頼りなかった。
声が、少し掠れていた。

僕がお人好しならあんたは何なんだ、そこにつけ入る悪人じゃなかったのか、どうして今何も言わず何もせずただ甘んじて僕と僕の差す傘の中に居て、何かあったのか何かあったとしてそんな時にどうして今ここに、どうしてそんな目でただ僕を、その目は何なんだ答えろ折原臨也。

そんな問いを込めて彼を強く睨んだつもりだったが、端から見たら男二人がどしゃ降りの雨の中、相合傘で見つめあっている様にしか見えなかったかもしれない。

流石にこの雨の中このまま放置は無いだろう、そう判断してこの人でも入る服あったかなと思いつつ家に招こうとしたが、彼はゆっくりと首を横に振った後に別れの言葉だけを残しそのまま走り去ってしまった。
本当に何だったんだ、僕はただ呆然と立ち尽くし、彼の後ろ姿が見えなくなった後もその道を見ていた。


その日を最後に姿を見なくなり、その一ヶ月後くらいに彼が消えたという噂、所謂死亡説を耳にした。


死亡記事があった訳では無いし、確たる証拠がある訳でも無さそうなよくある噂だと最初は思った。
だけど彼と言えばこの人、とも言える平和島さんから最近彼の匂いがしない、彼が言ったそのままの言葉では

「おかしい、最近全然蚤虫臭くねぇ。」

蚤虫臭いってどんな匂い?疑問に思いつつそう聞いた時に少なくとも彼は、この街からは。
僕達の前からは、姿を消したのだと何故かそう思えた。

平和島さんはどうにも釈然としない、と話の途中から段々険しい顔つきになっていき、ついには額に血管を浮かべうぜぇうぜぇ、と連呼し始めた。怖かった。その時彼と一緒に居たセルティさんが
『落ち着け静雄、それじゃあいつが居たときと何も変わらないぞ!』
PDAで必死でなだめ、そのかいあって平和島さんはアスファルトから抜きかけた街灯を戻してくれた。
本人達はそれこそ死んでも認めたがらないだろうが、彼らには彼らにしか無い強い絆が有るのだろうと思った。
思ったが勿論口には出さなかった。僕の死亡説が出回る事になるのは遠慮したかったからだ。

門田さん達と池袋の街中で会った時にも彼の話題が出た。
しかし狩沢さんと遊馬崎さんが【折原臨也は何故消えたのか~あの人は今~】と題して推測とも言えないSFちっくな憶測、いや最早それは創作、で散々盛り上がり、渡草さんは運転席でそれを興味無さ気に見つつ呆れていた。挙げ句に門田さんが「あいつらしいな」の一言で片付けた。
旧友とは本来こういう物なのかもしれないな、と正臣が居なくなった時の自分を思いだして少し恥じた。

その正臣にも昼食時に一度それとなく話題をふってみた。
正臣は彼の名前を聞くやいなや、その時食べていたコンビニのサンドイッチを吐き出しそうな顔をして、お前なぁ食事時に言うなよ食欲が無くなった、などと不満を呟いた後に
「何も知らないし居ない方がいい事だけは確かだ、だけど油断はするな」
要約するとそんな内容の事だけ言って、二度と言及する事は無かった。園原さんもうんうんと隣で頷いていた。
園原さんもそんなに嫌いだったんだ、無理も無いけど園原さんのそんなに嫌そうな顔、僕初めて見たよ。
これが彼に関わった人の普通の反応なのだろうなと思った。

じゃあ僕は普通じゃないのか、いや違う僕だってあの人のした事は本当に最低だと、許せないと思ってる。
居ない方がいい事だけは確かに確かなのかもしれないけど、僕が彼に訊きたい事があったのも確かで。
でももう居ないなら、これ以上考えたって仕方が無い。



彼は確かにここ近辺、関わった人々の前から、僕の前から姿を消した。
そういえば最後の日の別れ言葉はいつものじゃあね、ではなく、さよなら、だったかも知れない。



それから、一度も姿も連絡も無いまま、五年が経った。

作品名:無口な人 作家名:湯鳥