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無口な人

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ロシアで乗り物と言えば、シベリア鉄道。
ロシア国内を東西に横断する鉄道で、世界一長い事で有名だ。


残念ながら、僕が今乗っているのは少し違う。
一応シベリア鉄道ではあるのだが、第二シベリア鉄道通称バム鉄道、正式名称バイカル…なんたら鉄道でなんたら湖の北を通って、なんたら川とかを渡る、とか。
ロシア語って何でこんなに覚えづらいんだろう。こんな調子でこの先、大丈夫だろうか。

これでも僕はロシア語を短大で専攻して就職してからも教室に通って勉強し続けていた。
けれど車内の人々の話すロシア語は早いし地方の訛りもあるんだろう、ひどく聞き取り辛い。そもそも公用語がロシア語なだけで、使われている言語はもっともっとある。
やばい、不安になってきた。
五年間頑張ったのに、自分の臆病さと平凡さにはいい加減慣れたつもりだったが、情けなくて少し泣けてくる。
五年間。勿論ここに来る、今日この日の為に。

それでも一応、一つ夢を叶えた事になるのだろうか。
そう思うと、少しは未来に希望が持てる気がした。振り返ってもう一度窓の外の景色を覗き見ると、冬景色ではあるが明るく日が射していてそれが雪に反射して、すごく明るい。

何だか歓迎されている様な気がして嬉しくなった。
池袋に歓迎されてんのかもよ。そういえば昔正臣にそんな事を言われたな、懐かしい。
生まれてから地元を一歩も出た事の無かった僕が、いきなり池袋で一人暮らし。
未だに沖縄どころか京都すら行った事が無いのに、いきなりロシアへ転勤。

僕らしい選択だと思う。やっぱり悔いは無い。
進路は僕が決める、でもこの先の出会いは池袋の時と同じ、運命ってやつだ。
あの人は、それすら自分で操ろうとするんだろうな。でも、そんなの人に操りきれるものなんだろうか。
そこまで考えたその時、ふっと影が僕を通り過ぎた。隣に人が座るんだなと思って車内に振り向き直そうとして、


「良い天気だね。」


振り向けなかった。

「…その態勢、辛くない?」

そこは最近どう?じゃないのか、相変わらず何か黒いな、何でこの人黒を好むんだろう腹黒いから?わざわざ主張してどうするんだ似合ってるけど、とかどうでもいい事を考えている場合じゃなくって首が痛い。
確かに言われた通り保つのには辛い態勢だ、とりあえず振り向こう。

じゃなくて一体誰のせいで固まってると思ってるんだ折原臨也。
タイマンで勝てる気が、じゃなくて慎重派の僕にはそんな事口が裂けても言えないけど。

「…それ、どういう顔?」

けど、顔で訴えてみた。言わなくてもわかれ。
何でここに居るんだ、そう訊いてるんだ答えろ、ここまできて無口なんて通用しない。

ところが、

「ていうかさ、何でそんなに驚いてる訳?そんなに予想外?」
まぁ君がこっちに来るって聞いた時の俺の比じゃないけどね、ていうか俺に会いに来たんじゃ無いのかよ、俺が会いに来るとは思わなかった?いそいそと君の乗る列車を調べて緊張と期待に胸を膨らませて来た俺が馬鹿みたいじゃないか、昨日なんてあんまり寝れなくて一体どこの小学生だって、


ベラベラと話し続ける彼を見て呆気に取られる。
変わってない。見た目とかもあんまり、けど、でも、彼は。
無口な彼なんて存在しなかったのか、やっぱり僕の見た白昼夢か何かだったのだろうか。

気が遠くなりかけたが、ここで気を失う訳にはいかない。彼には訊きたい事も、言いたい事もたくさんある。
ちゃんと座りなおして、手のひらに力を込めて、静かに息を整えて彼を見る。

「…僕は、あなたに会いに来た訳じゃありません。転勤です。その様子じゃ、全部ご存知なんでしょう?」

彼はこちらを一度だけ見てから、前へと向き直した。
横顔も変わってない。覚えてる、思い出の中の彼は横顔ばかりだから。

「…知ってるよ。君がネブラに就職した事も、それが園原杏里の為だっていう事もね。」
「いや、園原杏里の為だけじゃないか。何より君の求める非日常を扱う仕事だし、その延長線で上手くいけば罪歌の情報も手に入る。一石二鳥って所かな。何にしろ、君らしい選択の一つだと思ったよ。」


君らしい。相変わらずの皮肉った笑顔と耳に心地良いその声で、全部分かった様な事を流暢に話す。
何も、分かってない癖に。

確かに大体はその通りだ、僕は僕の為にネブラに就職した。
その結果として園原さんの力になれたら良いなとも思った。
その為にも本社に行きたかったし、五年間必死にロシア語も勉強した。
あなたの為にここに来たんじゃ無い、それは本心だ。

でも五年間ずっと考えてた。

どうしてあの時何も言わず何もせずただ甘んじて僕と僕の差す傘の中に居て、何かあったのか何かあったとしてそんな時にどうしてあそこに、どうしてそんな目でただ僕を、その目は何なんだ。
答えて欲しいのに、もう彼はあの街に居なかった。
ロシアに行けば会えるかもしれない、会えなくても何か情報が手に入るかも。
本社に行けなくても、ネブラにいれば何か手がかりや、機会があるかも。

答えて欲しい、その為だったら何だって出来る気がしてだから僕は五年間、五年間だぞわかってんのか、あの折原臨也にタイマンで、だからそんな口は慎重派な僕には口が裂けても、だから僕は慎重だから、慎重な僕がこんな所まで追ってきてそれがどういう事かほんとにわかってんのかバカ。
そっちが来ないからこんな所まで追ってきたっていうのに、まさか会いに来るなんて思う訳ないだろ、僕から逃げてこんな所まで来たんじゃなかったのか、なのに今はふっ切れましたみたいな顔でノコノコ会いに来てベラベラと話しやがってこの男。僕の五年間を返せ。

よく話す、それが本来の姿だって事はよくわかってる。
本心を隠して煙に巻くように流暢に話す厄介な男でだけどだから余計に無口だった時のあの感情が剥き出しの、あの目がだから僕は、その目が、あなたが忘れられなくて。
だから僕が追って捕まえて、今度は僕が待ち伏せて。

いい天気ですね、って言ってやろうと五年間ずっと思ってたんだ。

「…っ 帝人く、」

何だか泣けてきた。というか実際泣いていた。あぁやっとこっち向いた。
珍しく驚いてる、ざまあみろ、少しは困惑する方の身になってみろ。
もう全部後回しにして言ってもいいかな、いいよね。


「っぃい、天気…です、ね、」


嗚咽混じりにそう言うと、彼は黙った。

黙って僕の頭をゆっくりと自分の肩に引き寄せて、泣き顔を隠す様に抱きかかえた。
その後は僕も彼も何も話さず、終点までただ隣に座って暖かい列車に揺られ続けた。



やっぱり彼は無口な人だ、僕の前でだけ。
作品名:無口な人 作家名:湯鳥