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『こんな俺を愛してくれて ありがとう』

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 これは馬鹿な話だ。



「一年」
 長い付き合いの旧友もとい闇医者はそう宣告した。
「一年」
 俺は同じ単語を繰り返した。


 漫然と続くと思っていた日常の終わり。
 壊れては少しずつ、壊しては少しずつ、化け物じみた力に振り回されながらも積み重ねて作り上げてきた今の生活をようやく俺は受け入れようとしていた。矢先。
 足元から崩れる。そんな感覚はこのことを言うんだろう。
 久しぶりに奴との喧嘩でデカい怪我をして、厄介になった闇医者がついでだからさ、と多分に興味本位で精密検査をした。それで発覚した。たった一代での奇跡的な進化を遂げた俺の細胞は普通の人間よりずっと寿命を迎えると、闇医者はご丁寧に乾電池の直列と並列とを引き合いに解説してくれた。俺はそこまで物分かりの悪い馬鹿じゃないと腹を立てると慌てて両手を顔の前で振っていたが、すぐに神妙な顔付きで、ごめん、と付け加えた。
 いきなり知らされた命の期限に、しかし一年という長さはどうにも漠然として差し迫るような実感もなかった。あったのは長く付き纏い厭い続けていた暴力に、最後まで俺は翻弄されるのかという怒り。家族、友人、上司、多くに面倒を掛け続ける力の何が奇跡だと俺は俺自身が許せなかった。そんな時だった。
 奴が俺に告白してきたのは。


 俺と奴は高校で出逢い、初めから全く気が合わなかった。
 日を重ねるごとに二人の関係は悪化するばかりで、顔を合わす、叫ぶ、殴り掛かる、一連の流れが決まり事になっていた。相手にしなければいいのにという友人のアドバイスも甲斐はなく、頭が良いはずの奴は性懲りもなく突っ掛かってきて、単純な俺は器用に避ける真似も出来なかった。仕舞いに、君達ほど不倶戴天を体現する関係を俺は知らないよと友人には呆れられた。


 そんな奴に何を言われたのか直ぐには理解できず、だが次の瞬間には返事も待たずに立ち去ろうとした奴の行く手を阻むように俺は手近なものを投げつけていた。
 後で考えてみれば酷いことをした。奴は真剣な目をしていたのに、そこに飛び込んだのは自動販売機という名の凶器。言い訳をするなら、その時の俺は必死だったのだと思う。互いを知って以来、言い争いに暴力に、けれど誰よりも俺という存在を認めてくれている奴が住み慣れた街を出ていく。俺から遠ざかっていく。どうにかして繋ぎ止めたかった。それが奴が口にした感情と同じだったかはわからない。それに、嫌だ嫌いだと言いながら依然として傍に居続ける人間と人生の終わりまで喧嘩で締め括るのも虚しく思えた。
 返答にイエスを選択した俺は目の前に奴を見据えて、はたと考える。俺には一年しかない。今の世の中、普通の人間なら人生八十年は堅い。でもって悪人は得てして長生きするというから、きっと奴はしぶとく生きる。俺は奴と並んで歩くことができない。
 こんな「俺でいいのか?」と。


 そうして始まった新しい関係は周りも驚くほど良好だった。
 相変わらず下らない諍いはあったが、重ねる日々の中で少しずつ減っていった。斜に構えた皮肉も捏ねくり回す理屈も、奴はそれを自分を守る手段にしているのだと気付くと、また少なくなっていく。誰より俺を知る奴の側は次第に居心地が良くなった。やがて立場を弁えず少しでも近くにいたいと願うようになった俺が一緒に住めないかと尋ねると、奴は自分の疚しい面を見られたくないようで首を横に振った。俺だって奴のことを知らないわけではないから、もし望むなら、すべてを受け入れることも出来た。それでも嫌がる奴に俺は悲観はしないで「全てを受け入れることが愛の条件でもないだろ」と深くは踏み込まなかった。その台詞を俺も隠れ蓑にしていたことを奴は気付いていただろうか。
 俺は一番肝心なことを言っていなかった。


 再び闇医者の元を訪れた時には、奴は俺にとって残していきたくない存在になっていた。だから俺は必死に頼み込んだ。
 どうにかして欲しい。助けて欲しいと何度も額を床に擦りつけ、何度も嘆願した。
 そんなことされても困る。顔を上げてよ。闇医者は途方に暮れた。
 どうしようもない話だと頭では解っているのに、それこそ馬鹿みたいに退かない俺に到頭根負けした闇医者は、期待はしないでよ、と前置きして、力を貸してくれた。


 幸い身体に異常は現れなかった。傍目からは普段と変わりなく映っただろう。奴はもしかしたら、と思ったが二人のやさしく変化していく関係にうまく紛れ込んでいた。
 本当に残り僅かでこの身体は役目を果たさなくなるのかと疑いもした。しかし本能は言い知れぬ死の影がひたりひたりと背後まで忍び寄っていることを俺に伝えてくる。それから逃れるように奴を抱いたこともあった。そんな時はどうしても配慮に欠けてしまって、行為の後に頭を下げる俺に奴は、セックスであの世逝きなんてむしろ最高じゃない。あ、でも殺人犯にさせたくはないなあ、と平気な顔で笑った。そして言う「ねえ、何処にも行かないで」人間が好きだと宣う奴は人間には愛されず、誰よりも寄り添うものを求めていた。
 俺は無責任に返事はできなかった。


 闇医者は誠心誠意、あらゆる手を尽くしてくれた。
 僕は友人か恋人かどちらかと言われれば選ぶのは決まっているけどね。そう言う癖に寝る間も、大切な恋人との時間も削っていることを当の恋人からこっそり聞いた。
 しかし、事態が好転することはなかった。
 そしてもう間に合わないと迫りきった期限を前に闇医者は、これは最後にしたかったんだけど、とひとつの賭けを提案した。
 死ぬ前に死ぬ。正確には身体の時間を物理的に止める、平たく言えば仮死状態。そして医療の進歩に賭ける。でも保証は何もないよ。君の進化はそれほどの奇跡なんだ。渋る闇医者にそれでも俺は何でもいいから、少しでも奴と同じ時間を生きられる可能性に賭けたかった。
 もし駄目だったら。と問いた闇医者へ迷惑ついでにその場合の約束も取り付けた。


 暑い日だった。俺の部屋から見えた夕焼けはとても綺麗で、悔しいほど綺麗で、染まる街に都会の癖に田舎みてえだとケチを付けたら、無茶苦茶だ、と奴が苦く笑っていた。そんな何でもないような日だった。
 どうしてそんな話になったかはわからない。
 奴は自分の方が俺より先に死ぬだろうと言い出した。奴は壊れたエアコンを恨めしそうに見上げて、次には暑さに負けて頭垂れた。内心の動揺を隠した素っ気ない俺の返事に奴は相当参った様子で言葉を続け、直後に口を覆った。表情を曇らせる奴に俺はただ、そうか、としか言わなかった。言えなかった。
 俺は明日死ぬ。言えなかった。
 その晩、俺は奴を抱いた。
 もう何度も重ね合ってきた筈なのに、熱くて熱くて、眩暈がした。いっそこのまま、と理不尽な願望を抱きながら欲を吐き出す俺に、奴は身体を繋げたまま譫言のように喘ぐ。「ねえ、ねえ…! 何処にも行かない、で…!」俺は答えなかった。代わりに唇を押し当てて、本当に壊れるくらいに奴の線の細い身体を揺さぶった。言葉以外で全部俺を差し出した。
 翌朝、俺は奴が目を覚ます前に住み慣れた部屋を出た。
 それが最後の日の始まり。


「本当に彼には言わなくていいの?」
「ああ。奴は俺のことを一番わかっている」