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さいとうはな
さいとうはな
novelistID. 1225
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待宵を選ぶ

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 そんな経緯があっての月見である。特に人払いをしたわけではないのだが、昨日は皆で騒いだばかりだし、積もる話もあるだろうからと部下達がいい塩梅に気をきかせてくれた。慶次の読みは当たったとも言えよう。
 ぽつぽつと会わないでいた間の話をしながら、普段よりは穏やかな調子で杯を重ねる。時折話題が途切れたが、沈黙は決して苦にならなかった。
 そうした合間、気まぐれに慶次が詠む歌に、元親も返す。とはいえ、どうにもこういった事は不得手であるので、その度に考えこんでしまう。数度やりとりを繰り返した頃、またぞろ長考を始めた元親に、とうとう慶次が声をたてて笑った。
「無理しなくていいよ、こういうの苦手だろ。思いついたらで構やしないよ」
「うるせえな、思いつかねえから考えるんだろ」
 むきになって首を捻りつつ、元親は再び盃を傾けようとした。その肩に、とんと慶次が肩を預ける。気づかぬうちに、随分と距離が近づいていたようだった。
「いいんだって。考えて捻った言葉は元親には似合わない」
「仕掛けたのはお前だろうが!」
「そりゃあ、せっかくの名月だもの。歌のひとつふたつも詠みたくなるじゃないか。でもさあ、俺があんたから聞きたいのは返歌なんかじゃないんだよ」
 意味ありげに慶次が片目をつぶって見せる。呑んだ後は寝るばかりだからだと、二人とも長物一枚の軽装だ。襟元から除く肌が、月明かりにいやに艶かしく見えた。ごく、と元親は思わず息を呑む。
「お前なあ……」
「久しぶりに顔合わせたんだぜ。近況報告は散々しただろ。ほらほら、なんか他に言う事はないのかい?」
 ん?、と悪戯に笑い、慶次はぐいぐいと肩を押し付けてくる。お手上げだ、と元親は長い息を付いて、その肩を抱き寄せた。こつり、と額を重ね合わせる。間近で見る慶次の目は、ひどく機嫌が良さそうだ。少しの照れも混じっているのかもしれないが、あいにく、月明かり程度では元親には見通せない。
「口実に使ってやるなよ。せっかくの名月とやらが泣くだろが」
「せいぜい邪険にしとかないと、いい加減に帰って来いって言われちまうからなあ」
「この図体で兎気取りなんざおこがましい。鬼に食らわれても知らねえぜ?」
「……なあ、これ以上俺に野暮を言わせる気かい?」
 眉間に思い切り皺を寄せると、慶次は小さく声をたてて笑った。舌打ちをひとつして、元親は望みどおりにその体を抱きこむ。月光の下、重なった影は、丁度よく流れてきた雲によってかき消された。
作品名:待宵を選ぶ 作家名:さいとうはな