雪景色にて
目に飛び込んできたのは一面の銀世界。まさしく自然の恩恵を受けたと言える、真白の風景だった。どこか小さな村らしい。白の絵の具を綺麗に塗ったよりも、もっと美しい。冷たさは雪の所為で、手に感じる熱もどこか薄い。横を見れば静雄が帝人を見ていた。
「どっかテレビ見てた時にな、ここが綺麗だって思ったんだ。帝人といっしょに見てぇって思ったんだ。付き合ってもらって悪かったな」
帝人は感動していた。
人は少ないし、ビルも無い場所。地元ではこれに近いものが毎年あったけれど、ここまで澄んだ雪景色を見たのははじめてだった。
「いえ、いいえ。僕、あの、この景色を静雄さんと一緒に見られて嬉しいです。本当に冷たくて、澄んでて、きれいです」
朝特有の空気もずいぶん違う。遠くに見える山々はずいぶんと見渡されるし、良い天気だ。静雄と見られて良かったと帝人は久しぶりの大自然の息吹を感じた。雪など見慣れているはずなのにどうしてこうも違うのか。
「静雄さん、すごいですね」
「おぉ。なんつうか、空気が澄んでんな」
「はい!」
手袋のまま、雪を触る。自然そのままの雪は柔らかい。冷たさが伝わる前に少し丸めて、帝人はすぐ投げた。たやすく崩れる真白はそのまま、同じ白に消える。
「なあ、たまにはこんなのもよくないか」
人が雑多としている池袋より、ほとんど人のいない銀世界はまるで魔法にかけるように静雄と帝人をふたりぼっちにさせている。ずっといたいとは思わない。けれど、静雄と何の気兼ねもなしにいられるこの世界は嫌にならない程度の閉塞感を感じる。そのことがどうしてか、帝人は嬉しい。
「はい、静雄さんといっしょなら、いいですね」
少し恥ずかしそうにマフラーに顔を埋めながら、帝人は言う。
静雄はその言葉に、しばし沈黙した後顔を押さえて何かに耐えていた。
さくり、さくり。
雪の上を歩くと、音がして楽しい。東京でも雪は降るけれど、こうも深くは積もらない。それに幼いころの雪遊びをした頃の高揚感に似たものを感じる。静雄は煙草をふかしながら、先を歩く帝人をゆっくり追っている。どこまでも続く白にふと帝人が消えてしまいそうになる不安に似た気持ちがあるが、その度に帝人が振り返り笑うものだから、そんなの軽く吹っ飛んでしまう。
足早に追いかけて、腕に閉じ込めれば鼻を赤くさせた帝人が自分を見上げている。静雄は今あることの幸せをただこの景色に、帝人に願いながらそっと唇を落とす。触れた熱はやはり寒さの所為か冷めていたが、それよりもっと胸の内が熱かったから構わなかった。
「静雄さん、ありがとうございます」
「・・・ん?」
「嬉しいです」
何が、とは言わないけれどそれだけで十分に伝わる。帝人は笑った。
これだけ人もいなければ、静雄の獣もなりを潜めてただの穏やかな青年になる。静雄の平穏にも、帝人の嬉しさにもこの雪景色は恩恵を与えてくれる。
「なら、よかった」
「はい」
静雄は恋人の赤い鼻を甘噛みして、それから穏やかに空から降りてくる雪に見せつけるように深く口を求めた。酸欠になりそうになった帝人に本気ではない力で殴られ、嬉しそうにしながら、この時間がもっと続くよう、帝人がどうかその生を終えるまで自分の傍にいてくれるよう、ふたりで共有した白に思う。そうした後で、静雄は随分と自分は欲張りになったらしい、と幸せそうに帝人の肩に顔を埋めた。