鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル
(手を握る? 心臓の意味はよく分からないけど・・・・・・、静雄は帝人君と握手したかったのか?)
先程から壊す壊すと物騒な表現が繰り返されているが、確かに本人の言うとおり、静雄がリミッターを外してかかれば帝人などあっさり壊れるだろう。というか、帝人に限らずバーサク状態の静雄が壊せないものなどこの世に殆ど存在しない気がする。
(とはいえ、握手できなくて悩んでいたんなら・・・・・・、答えは簡単じゃないか)
セルティは素早く文字を打ち込んだ。
『壊す前に帝人君本人が止めるだろう。帝人君にはちゃんと物を言うための口がついているんだから』
痛ければ普通は主張するに決まっている。触るにしたって静雄が加減すれば済む話だ。セルティは至極当然のことを述べた。
「竜ヶ峰が、止める・・・・・・?」
『あぁ。帝人君に痛い思いをさせたくなくてそこまで努力できるんなら、力を加減してやった方が早いと思う』
どんな巨漢でもブッ飛ばせる静雄である。帝人を大きくしたところで意味はないし、何よりどう考えても現実的ではない。
(サイモン並に育った帝人君なんてありえないしなぁ)
静雄に対抗できるだろう人間を思い出しつつ、試しにそれに帝人を当てはめ想像してみる。優に2mは超える身長、ガッシリ作り込まれた体とはちきれんばかりの筋肉、それで柔和な笑顔で「ハーイ、寿司食べル、イイヨー」と・・・・・・。
(いやいや)
どうやってもサイモンの顔に帝人の顔を貼りつけただけの安っぽいアイコラ像しか思い描けない。
セルティが悪い想像を振り払うかのようにふるふると左右にヘルメットを振っていると、彼女の言葉を受けて暫く黙りこくっていた静雄が何か小さく言葉を落とした。人が深刻に考えていたというのに、おかしな想像をしてしまったことに少しばつの悪さを感じながら、セルティは今度こそ聞き取ろうと無い耳を傾ける。
「加減・・・・・・。できるのか? 俺に・・・・・・」
静雄が自分の手を閉じたり開いたりしながら眺める。セルティは、するしかないだろう、とコクコク頷いた。
(加減できないほどに握手なんて、どれだけ熱い友情を示したいんだろう。静雄ってそんなキャラだったか? ・・・・・・んー、それにしても――)
何とも、甘酸っぱいではないか。
じわじわこみ上げてくる不可思議な気持ちにセルティは困惑した。
もどかしく、むず痒く、甘酸っぱい。新羅と静雄の関係はもちろんゲームの中の友情の美しさに感動するシーンを見ていても、こんな気持ちにはならなかった。
少々鈍感で天然の入った首なし妖精は疑問に思いつつも、結局、友情には様々あるのだなぁ、としみじみするだけに終わった。
(ともかく、これで何とかなりそうだ)
セルティはホッと胸をなで下ろした。静雄も帝人もセルティの大切な友達だ。笑顔でいてくれた方が良いに決まっている。
(帰ったら新羅にも話してみるか)
意外と常識人な恋人のことである、もっと良いアドバイスを静雄にしてくれるかもしれない。そう考え始めるとそれが最善策な気がして、セルティは早速静雄に、新羅へ相談してみないかという話を持ちかけることにした。善は急げである。
しかし――。
PDAに打ち込む指がピタッと止まった。辺りの空気が急速冷凍されるのを感じたのだ。
周囲の温度を一気に氷点下まで下げた、ビリビリと痛いほど感じるそれは紛れもなく殺気だ。
セルティは恐る恐るその発生源である静雄を見て、その視線が向けられている方を見ると、ヘルメットに手をやった。
(なんで・・・・・・、なんで臨也がここに・・・・・・!)
「あっれぇ、セルティだ」
好青年よろしく気さくな笑顔でヒラヒラと手を振ってみせる臨也は、その隣にいる静雄を完スルーした。もちろん業とだ。
臨也が一歩近づくたびに、その場の体感温度もグングン下がる。
(あぁぁ、もう! こっちに近づかないでくれ!)
PDAに打ち込んで突きつけてやりたいが、それなりに距離があるため見えないだろう。たとえ見えていたとしても臨也のことだ。無視するに決まっている。こういう時は首から上がないのが本当に不便だとセルティは歯噛みしたい気持ちになった。
「ノミ蟲、テメェ何しに来やがった!」
地獄の閻魔も怯えるだろう低く殺意の込められた静雄の声は、ドスを利かせすぎてうっかり刺し殺すような迫力がある。
しかし、臨也は容赦ない殺気を涼しい顔で「べっつに〜」と流した。
(物が飛んでないのが奇跡だな・・・・・・)
プッツンすると見境なくものを投げつける静雄から念のためバイクを守ろうと、セルティは長年連れ添っている使い魔の方に少し寄りかかった。
「シズちゃんこそ、今は仕事中だったんじゃないの? もしかしてサボり?」
「テメェには関係ねぇだろうが」
「まぁね。仕事してようがサボりだろうがニートだろうが関係ない」
殺伐とした言葉がやりとりされる中、セルティはふと疑問を抱いた。
(あれ? 静雄は確かもう仕事が終わったって言ってたはず・・・・・・)
なのに、何で静雄が仕事中だと思っていたんだろう?
セルティが頭上に疑問符を浮かべていると、臨也がまるでそれを読んだかのように、
「でも、見たところ終わってるみたいだね。じゃあ、嘘ついたんだ? ――――帝人君に、さ」
ニヤリと悪辣な笑みを浮かべた臨也の言葉に、一番動揺したのは静雄だった。
「何でそこに竜ヶ峰の名前が・・・・・・」
「そりゃあ、さっきまで一緒にいてファミレスでお茶しながら楽しい一時を過ごしていたから」
バキンッと何かが折れる音がした。ガードレールの一部がもげている。やらかしたのは、もちろん静雄だ。
臨也は静雄の様子を嘲るように言葉を継いだ。
「どっかの誰かさんのことで悩んでるみたいだったから相談に乗ってあげたんだよ」
「!? 誰かって、誰のことだ!」
帝人が悩んでいると聞いて、静雄の声に帝人を心配する色が混じる。
すると、臨也は一度ゆっくり瞼を閉じて開いた。そして、呆れかえったかのような溜息を吐くと、「決まってんだろ?」と投げやりに人差し指をさし示す。
作品名:鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル 作家名:梅子