鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル
「あーあ、行っちゃった。いい加減、器物破損でパクられて死刑になれば良いのに」
小さくなる静雄の背を眺めながら、臨也が悪びれる様子もなく飄々と軽口を叩く。同様に静雄の後ろ姿を見送っていたセルティは、その声にハッとなり、臨也の方に向き直った。
『おい、臨也。お前、静雄がどこに行ったのかわかるのか!?』
臨也の鼻っ面にセルティがPDAを突きつける。臨也は近すぎる画面を少し押し退けてから文章を読むと「もちろん」と頷いた。
「ていうか、今までの話の流れで分からないの?」
『ど こ な ん だ !!』
小バカにしたように鼻で笑う臨也にイラッと来たセルティは、画面を臨也の目をめがけて思い切り良くブチ当てた。ついでにグリグリと押しつけてやる。
(あ、しまった。画面が汚れた・・・・・・)
恋人から貰った大切なPDAである。セルティは仕方なくベタベタに汚れ画面を臨也の無駄に高価で肌触りのよさそうな服を使って優しく丁寧に拭うことにした。
画面を綺麗にしつつ臨也に言うよう促すと、自分の服をクリーナー代わりにされた男は、その様子を複雑そうに眺めながらも渋々と口を開く。
「決まってるだろ、帝人君の所だよ」
『帝人君の・・・・・・』
「そーだよ。・・・・・・それにしても、丸々太る前に食べられちゃうのか。かわいそうなヘンゼルだねぇ」
『どういう意味だ?』
臨也の呟きに訊ねると、臨也は答える気がないのか含み笑いをして首を横に振った。
『お前のことだ、何か禄でもないこと企んでるんじゃないだろうな?』
「人聞きが悪いなぁ。残念ながら、何も企んでないよ。」
『本当か?』
「本当に。今日帝人君に会ったのだって偶然だったし、ここでセルティとシズちゃんに会ったのも偶然。まぁ、帝人君の話を聞いた後、あの男をつつけば少し面白いかなぁとは思ってたけどね」
『どのみち最悪だな。静雄は本気で悩んでるんだぞ』
「悩む、ねぇ・・・・・・? ――――まぁ、俺は面白い方向に進んでくれたらそれで良いから」
俺にとっても、あとついでにダラーズにとってもね、と笑う臨也をセルティは胡散臭く感じながら、はたとある事に思い至る。
『そういえば、静雄は帝人君の居場所を知っているのか?』
「さぁ? 俺がそんなこと知ってるわけないだろ。今までのお菓子責めだって約束をしていたわけでもないのに会ってたらしいし、あの男の野生のカンで何とかなるんじゃない?」
どうでもよさそうに言う臨也。「よさそう」というか、本当に心底どうでもいいのだろう。しかし、セルティにはどうでも良くないのである。
おそらく帝人は家に帰っているだろう。よしんば帰りがけだとしても、静雄が帝人と会えるかは分からない。静雄が帝人のアパートを知っているとも思えないし、何とかしなければ。それくらいのお節介ならば許されるだろうと見当づけたセルティは、早速行動を起こすことにした。
『静雄を捕まえて、せめて帝人君のアパートの場所を教えてやる』
「文字通り、送りオオカミになるわけ? あっぶなーい。」
『人聞きの悪い事を言うな。意味が全然違うだろうが。というか、静雄はオオカミじゃないぞ。人間だ』
「いや、今のアレは凶暴なオオカミみたいなもんだよ。帝人君もかわいそーに」
そうなると、赤ずきんか七匹の子ヤギかな。どっちも最後にはオオカミがバカな死に方するし、ヘンゼルとグレーテルより断然良いかもねぇ、と訳の分からないことを言う臨也は殴りつけたくなるほど楽しそうだ。そんな男と話していたところで一向に埒が明かないと思ったセルティは苛立ち紛れに文章を打ち込む。
『静雄が帝人君に暴力を振るうわけないだろう! あの2人の友情がかかってるんだ。握手一つで解決する話ならズルズル引き延ばすよりも早い方が良い』
そして臨也に背を向けると、セルティはバイクの方に駆け寄り跨る。
臨也はセルティの言葉に「はぁ?」と気の抜けた声を出すと、小走りにセルティのもとへ駆け寄った。
「・・・・・・あのさ、念のため聞いとく。友情って誰と誰の?」
先程とは打って変わって随分と神妙な様子で訊ねてくる臨也に、セルティは、それこそ今までの流れから分からないのか? と呆れながらも、仕方なく既にしまっていたPDAを再度取り出した。付き合いきれないと思いつつも結局は相手にしてしまう。人(?)の良い妖精である。
『決まっているだろう、静雄と帝人君だ』
こうして悠長にしている間にも静雄を見つけられなくなってしまうかもしれない。セルティは、珍妙な面持ちで画面を凝視する臨也を放ってPDAをしまい直すと、じゃあな、とでも言うように臨也に一度頷き愛馬の嘶きを響かせながら走り出した。
――だから、セルティは知る由もない。
彼女を見送った後の、臨也の「シズちゃんと帝人君のアレが友情? ホントどんだけ鈍いんだか。――まぁ、当人たちも大概だけど」という失笑混じりの言葉を。その意味を。
友のために疾走する彼女は知る由もない。
彼女が静雄の言葉を聞いて、もどかしくてむず痒くて甘酸っぱい気持ちになった理由。深層では理解していた真相を。
心優しく少々鈍感な愛すべき首なし妖精が静雄と帝人の諸々について知るのは、静雄を送り届けて帰宅した後。彼女よりも遥に状況把握能力に長けた恋人に話していた際、「へぇ、あの2人が・・・・・・。まさに驚天動地だね!」という言葉とともに解説を受けてからだった。
作品名:鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル 作家名:梅子