鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル
静雄としてはエールの意味が強いが、帝人はそうとは取らなかったらしく、暗い顔をして俯いた。
そして、ぼそぼそと小さな声で恨み言を述べ始める。
「・・・・・・心臓が小さくて悪かったですね。どうせ、ノミの心臓ですよ。気の弱い臆病者ですよ。肝っ玉が小さいですよ。体だって平均より少しだけ、本当に少しだけ小っちゃいし。でも、僕より小さい男子だって結構いるんですからね。大体、静雄さんからみたら大体の人は小さいに決まってるじゃいですか・・・・・・!」
「あ? ノミ蟲がどうかしたか?」
ぶつぶつと聞き取りにくい声音で何やら呟いている帝人の唇から「ノミ」という単語聞きとって、一瞬、この世で一番嫌悪し、地球上から肉の一欠片とて残さないほどに抹消してやろうと常々思っている男が思い浮かび、自然と声に不機嫌なものが滲んだ。
しかし、帝人は怯んだ様子も見せず、静雄をジトッと睨み返した。
ようやく克ち合った帝人の視線が存外鋭いことに静雄が目を丸くしていると、帝人の口が開かれる。
「〜〜っ、なんでもありません! いただきますっ!!」
ふてくされた表情で帝人は大きい方のあんぱんを食べ始めた。
静雄は、突然大声を発した帝人にキョトンとした表情を浮かべながらも、バクバクと勢いよくあんぱんを口に入れては頬張る帝人の姿を見て、ふっと笑みをもらした。
「しっかり噛んで食えよ。あ、ついでにこれもやる」
そういって帝人に、カフェオレの缶を差し出す。
「・・・・・・」
帝人は缶を胡乱な表情で見つめた。そして、口の中のあんぱんを静雄に言われた通りよく噛んでからゴックンと飲み下して、おずおずと静雄の名前を呼ぶ。
「・・・・・・あの、静雄さん」
「なんだ?」
「さっき、大きくなれって意味で、あんぱんをくれたんですよね?」
「おう」
「でも、クリームたっぷりのあんぱんとかカフェオレとか、甘いものばかりだと栄養的に、その、どうなんでしょう? なんか、大きくっていうか太っちゃうと思うんですけど・・・・・・」
甘〜いあんに更にホイップクリームで甘さ2乗のあんぱんに、これまた砂糖とミルクた〜っぷりの甘〜いカフェオレ。確かに成長を促進するかもしれないが、間違いなく縦に、ではなく横に、だ。
「まぁ、ないよりはマシだろ」
「そ、そうですかぁ?」
帝人がかなり懐疑的な声音で訊ねるも、静雄は「そうだ」と言い切った。もっとも自信満々に頷いてみせたが、根拠は殆どない。
「一応、あんぱんにもカフェオレにも牛乳が入ってるぞ。栄養になるんじゃねぇか? それにお前は細すぎだから丁度いいだろ。少しは太れ」
大きくなるついでに今よりも少し太れば、触り心地ちも良くなるだろう。ふわふわ甘くふくふくと。とても良いことだ。静雄は、一人得心する。そうとなれば、この子どもにより多くの栄養を与えなければ。
「たくさん食って、デカくなれよ」
そして、自分が触れても壊れてしまわないほどに頑丈になれ。ジリジリと焼け付くような焦燥と欲求を抑え切れている内に。
そうして静雄は、触れることができない自分の手の代わりに、一向に受け取る様子を見せないカフェオレの缶を帝人の頬にグイッと押しつけるのだった。
作品名:鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル 作家名:梅子