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不思議の国の亡霊

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8.2011/05/19更新



「キミのことを信じても良いのかい?」
 天使か悪魔かわからないが、アーサーのことを助けたいと彼は言った。それになぜか本能が『彼を信じても良い』と叫んでいるのだ。
 アルフレッドの問いかけに、アーサーと名乗った男は真剣な顔をして頷いた。
「もちろんだ」
「……わかった。いいよ。信じるよ」
 理由なんてない。ただ、このアーサーに似た男は信じても良いのだと思った。
 自分から信じても良いと言ったくせに、アーサーと名乗った男はアルフレッドの返答に驚いたようで、目を瞠る。けれどすぐにほわりと笑った。
「良かった」
 心の底から安堵したようにそう言って、アーサーと名乗った男はすぐに表情を改める。
「おまえ、その彼をおぶって歩けるか?」
「へ? アーサーをおぶってかい?」
「ああ。とにかくここじゃなんだから、俺の家に行きたいんだが」
「じゃあ起こせばいいじゃないか」
 アルフレッドが言うと、男はふるふると首を振る。
「たぶん、起きない」
「え? アーサーは寝付きも寝起きも良いほうだぞ?」
「そういうことじゃないんだ。とにかく、彼はしばらく目を覚まさない」
 意味がわからないが、たしかにアーサーは肩を揺すっても目を覚まさない。そもそも、耳元でこれだけアルフレッドが声を出しているのに起きないというのがおかしいのだ。
「おまえが無理なら、俺がおぶっていくが」
「いや、大丈夫だよ。行こう」
 そう言って立ちあがり、アーサーと名乗った男が支えてくれていた兄を背負う。自分よりも年上の、成人した男性だというのにアーサーはひどく軽くてドキリとしてしまった。それが顔に出たのか、男が不思議そうにこちらを見てくるので慌てて首を振り、行こうと促す。

 アーサーと名乗った男のあとをついて五分ほど歩いたころだろうか。閑静な住宅街を抜け、ひっそりとした場所におおきな屋敷が見えてきた。
 男はまっすぐにそこに向かって歩いていく。アルフレッドも背中におぶっているアーサーを気遣いながら、足早にそのあとを追う。
 男はなんのためらいもなく屋敷の門をくぐった。そこにはイングリッシュガーデンというのだろう、アーサーが見れば大喜びしそうな庭が広がっている。
 年代物の扉の前で立ち止まった男は、きっちりと着込んでいたスーツのジャケットから鍵をとりだした。年代物らしく軋み音をたてて開いた扉を固定し、男はアルフレッドに中に入るように視線で促す。ここまで付いて来たのだ、断る理由もない。アルフレッドは促されるままに屋敷の中に足を踏み入れた。
 ひやりとした空気が身体を包む。それとどうじに、花のような優しい香りが鼻先をくすぐった。
「こっちだ」
 物珍しさからあちこちに視線を飛ばしていたアルフレッドを追い越して、するすると先を進んでいく。リビングにでも行くのかなと思ったのがだ、男はなぜか二階へ続くらしい階段を昇り始めてしまった。
 けれどまあ、女性の家ではないのだし、家主がそちらに行くのならそれが必要なのだろうとアルフレッドもおとなしくあとに従う。そしてひとつの扉の前にたどり着き、男はその扉を開いた。
 中は寝室だったようで、おおきなベッドとカーテンのかかった窓、そしてテレビやソファーなどが置かれている。男はすいと室内に入り、ベッドの傍らに立ってアルフレッドを振り返った。
「おい、なにしてんだ。入ってこいよ」
「あ、う、うん」
「彼をここに寝かせてやってくれ」
「いいのかい?」
「ああ、大丈夫だ」
 家主の彼がそう言うならと、アルフレッドはおぶっていたアーサーをそっとベッドに寝かせる。靴も脱がせてベルトも緩め、タオルケットもかけてやると男は満足したように頷いてアルフレッドを見た。
「よし、じゃあ下に行こう。ちゃんとおまえに話さないとな。まあ、信じてくれるかはわからないが」
「信じる信じないはべつとして、とにかく聞かせてくれよ」
「ああ、わかってる」
 できるだけ足音を忍ばせて寝室から出ると、アーサーと名乗る男は階段を降り、今度こそリビングへと案内してくれた。
 落ち着いたリビングだった。現在のデザイナーズインテリアとは違う、シックで年代モノだとすぐにわかる家具で統一されたそこは、旅行雑誌で見た古城の一室のようにも見える。屋敷の外観から薄々感づいてはいたが、このアーサーというのは若く見えて資産家なのだろう。
 アルフレッドが勧められるがままに三人掛けほどのおおきなソファーに歩み寄ると、そこにはちいさな先客がいた。
 猫だ。茶色いぶち柄のある眼つきの悪い猫が、じっとアルフレッドを見あげていた。行儀よく端っこに座っていたので反対側の端っこに腰を下ろしたのが、近くに慣れない人間が来たことを嫌がるように立ち上がり、すいっと対面のソファーに座っていた男の足元に行ってしまった。
 動物は好きなので離れてしまったことがすこし残念だったが、いまは追いかけるような場面ではない。なのでアルフレッドはソファーに深く腰を沈め、対面の席に腰をおろしている男をジッと見据えた。

 やはり彼は、どこからどうみてもアーサーだ。違うところを探そうと思うが、服装くらいしか見つからない。細かく見ればほくろの数や怪我のあとなんかの違いがあるかもしれないが、パッと見はまったく一緒だ。
「すまないな。普通、客人にはお茶や茶菓子を用意すべきなんだが……」
「そんなのいいよ。それより、キミの知ってることを教えてくれ」
「ああ、そうだな。あまり時間もない」
 男はちらりと視線を上部に流した。もしかすると、アーサーが眠っている方向を見たのかもしれない。けれど彼はすぐに視線をアルフレッドに戻し、深く頷く。
「信じてくれなくていい。とにかく、最後まで聞いてくれ」
「ああ、お願いするよ」
 一呼吸おいて、アーサーと名乗るアーサーそっくりの男が口を開こうとした。
 そのときだった。
「俺も聞きたいね」
 やけに聞き覚えのある声が、アルフレッドの背後から聞こえた。
 目の前に座っている男が、あぜんとした顔でなにか呟く。それにつられて背後を振り返り、そこにいた『人物』を見て、アルフレッドも言葉を飲み込んでしまった。
 アルフレッドが座っているソファーのちょうと真後ろにあるリビングの扉。そこにいつのまにか、ひとりの男が立っていた。
 普通の男だ。アルフレッドが通っている大学にいそうな、ごく普通の学生風の男。
 なのになぜか、彼はアルフレッドとおなじ顔をして、姿をして、そこにいた。
「な、なんてこと……だい、これは」
 アルフレッドのあぜんとした呟きに、扉の傍で立つ男が眉をしかめる。
「だから、それはオレが聞きたいね」
 アルフレッドにそっくりな男はアーサーそっくりの男をジッと見つめながら、不愉快そうにそう言った。


作品名:不思議の国の亡霊 作家名:ことは