呟きはキスに溶けて
「いいんですか? 全然知らない人と、一緒にお湯に浸かるんですよ?」
「……う」
言われてやっと気付いたらしい。温泉ならともかく、潔癖気味な臨也に地元の銭湯なんて絶対無理だ。自他共に認める事実のはずなのに、どこか本気で悩んでいる様子に帝人は首を傾げた。考えるだけ無駄なのに。
悩める大人は放っておいて、残っている巻き寿司を簡単にまとめた。持って帰るならタッパーか何かに入れた方がいいのだろうけど、臨也がそれをするとも思えない。
が、念の為聞いてみた。
「残りはどうします?」
「明日のご飯にでもしちゃってよ、…てちょっと、マジで追い出すの!?」
「はい」
言質を得れば、もう用はない。ぐいぐい押して玄関まで追いやると、臨也が諦めて靴を履いた。「もうホント帝人くん冷たいマジ冷たい」と拗ねる大人を容赦なく追い出し、扉を閉める。
が、ふと思い出して扉を開けると、階段の下にいた臨也に声を掛けた。
「忘れ物です」
「え?」
首を傾げつつ戻ってくるのを見計らい、踊り場より2段下―――高さで言えば30cmほど低い場所に臨也を留めるように両手を突き出す。怪訝そうに上向く顔に、内緒話をするかのように近づいてキスをした。
「じゃ、さようなら」
「……」
短く笑い、扉の向こうに引っ込んで鍵をかける。押し入れから着替えを引っぱり出しながら、今度はちゃんと音を立てて鍵を開けるその人にどんな顔を向けようか、少し迷った。