こらぼでほすと すとーかー4
やっぱりきやがった、と、ナタルの背後に現れた顔に、スタッフ全員が視線を集中した。それから、全員がスタンバイとばかりに視線で確認して行動する。即座に八戒がナタルにマッサージを勧め、シンとレイも伴って奥へと消えた。
「いらっしゃいませ、グラハム様。」
ストーカーを席へ案内するのは、キラの役目だ。
「キラに、様付けされては、私は立つ瀬がない。私の運命の女神、私のことは呼び捨ててくれ。」
「そうはいかないです、グラハム様。ここでは、ホストとお客様ですからね。」
そんな接客は、本来、『吉祥富貴』にはない。あくまで、サービスだと強調するために、そうしている。初めてのお客様を歓迎するために、と、サービスカクテルです、と、用意されたのは、もちろん、「カミカゼ」だ。本来はカクテル用の小さなカクテルグラスで饗されるものだが、それを、わざと大きいグラスに並々と作っている。キラにも同じ緑色のものが用意されているが、こちらは、メロンソーダだからノンアルコールだ。
「じゃあ、乾杯。」
「いや、待ってくれ。ここに、新人で黒い髪の少年がいると思うのだが、そちらも指名していたと思うのだが? 」
「ああ、刹那ですね。ちょっと待ってください。」
傍に控えているダコスタに声をかけると、ちったかちったかと奥から刹那を引き連れて戻って来た。その後ろからハイネとロックオンが従っていて、キラの背後にハイネが、刹那の背後にロックオンが立つ格好になる。
「刹那です。」
刹那が、ぺこんとお辞儀して挨拶すると、グラハムが立ち上がった。
「少年、ようやく、きみとゆっくりと語らう時間が持てた。おや、お義母さまも同伴か。これは、有難い。私たちのことを認めてもらうために、説得させていただこう。なに、遠慮はいらない。これは、私たちの愛の交歓のために必要なことだ。」
・・・・うわぁー、なに? それ?・・・・・・
ハイネが頬を引き攣らせる言葉が続く。いや、まあ、そんなこと言ってる場合ではない。刹那の前にも緑色のカクテル風メロンソーダが置かれたのを機にして、ハイネが、「乾杯を。」 と、声をかける。
「とりあえず、乾杯しませんか? グラハム様。」
「ああ、そうだな。私と少年の新しい門出に乾杯しよう。それから麗しい私の女神 キラにも感謝を。」
カチンとグラスが合わされて、キラと刹那は、それをごくごくと飲んでいる。釣られてグラハムも飲み干したから、スタッフは内心で拍手喝采だ。それから、隣りに座っている刹那の手を握り、「運命の恋人と飲み干す酒は、とてもおいしい。」 と、にこりと微笑む。そのまま、抱き締めようとするので、ソファの背後から、ロックオンが言葉は丁寧に、それを引き剥がす。
「お客様、過度のスキンシップはおやめください。」
「お義母様、過度のスキンシップではない。この少年と私の神聖なる抱擁だ。いや、少年と呼ぶのも失礼だな。・・・・刹那、きみは私の傍らで永遠に微笑み続けてくれなければならない。そうだろ? きみは私の運命の恋人だ。」
うわぁー口害だよ、これ、と、さらに抱き締めようとするから、ロックオンが引き剥がし、刹那に視線で合図する。ぴょこんと立ち上がって、刹那はキラの横に逃げて、キラを楯にする。
「刹那、イヤなの? 」
「うん。」
「じゃあしょうがないね。グラハム様、刹那はイヤがってるからやめてくださいね。」
「それは、いくらキラの頼みとはいえ、聞き届けられない。私たちは運命に導かれた恋人同士だ。彼は、私を受け入れるためにあるのだから。」
「でも、刹那は僕の子猫だから、グラハム様に差し上げられないんだよね。貸してあげるぐらいは構わないと思ってたけど、刹那が嫌がってるから、それもできないみたい。」
「私の運命の女神の所有物なのか? 」
「うん、そうだよ。」
で、普通、こう言われたら諦めるものだが、グラハムは違った。
「つまり、私は、キラと刹那の両方を愛していかなければならないと? 」
・・・・・はい?・・・・・・
誰も、んなこと一言も言ってないだろう・・・と、スタッフが脱力する台詞だ。会話が成立するとは思っていなかったが、相手の言葉すら湾曲してしか捉えられないらしい。
「愛してもらう相手はあるからいらない。」
「キラはそうだろう。きみは万人に愛されている女神だ。私一人の愛では物足りないに違いない。だが、刹那には、私の全身全霊をかけた愛を注ぎたいのだ。どうか、キラの所有物を私に下賜してくれないか? 」
「やだ。・・・・・でも一日だけなら貸してもいいよ。」
ふと思いついたのか、キラはニパッと笑って、グラハムのほうへ視線を流す。そして、意味深に、「僕、フラッグが飛んでるところ見たことないんだ。」 と、グラハムにしか聞こえないように耳元で囁いた。
「では、フラッグで迎えに行こう。そして、キラも乗せて遊覧飛行というのはどうだろう? その代わり、一日だけ刹那を貸して欲しい。」
「それならいいよ。・・・・・どこでも迎えに来てくれる? 」
「喜んで。」
じゃあ、ちょっと待っててね、と、キラは刹那の手を引いて一旦、席から離れた。その隙に、ウエルカムドリンク第二段が届いている。
数分ほどで戻って来たキラは、経度と緯度の座標軸だけが記されたメモをグラハムに差し出した。
「ここは? 」
「知り合いのプライベートアイランドなんだ。明日、そこへ遊びに行くつもりだったから、そこで待ってる。」
「わかった。では、名残惜しいが、準備のために失礼させていただくとする。」
「待ってるから。」
「ああ、承知した。」
グラハムにしたら願ったり叶ったりのキラからの申し出だったから、ふたつ返事で引き受けた。キラと刹那の二人をフラッグに乗せてしまえば、そこから一目散にユニオンへ攫っていけると踏んだからだ。だが、さすがに二人を乗せるとなると、場所が狭すぎる。友人に無理を言って、コクピットに席をふたつ急遽作らせることにした。
わずか二十分の滞在で、グラハムは笑顔で帰った。
それを見送って、不安そうにしている刹那にキラは微笑みかける。
「心配いらないよ、刹那。カスタムフラッグにはね、すでに、僕が細工しておいた。あの機体ね、海に出てしばらくしたら墜落するから、僕らのところへ来れないんだ。もし、根性で辿り着いても、フリーダムで海に引き摺り込むから大丈夫。・・・・・僕の刹那を欲しいなんて、なんて迷惑なんだろう。少しは反省させればいいよね? 」
「キラ? 」
「なに? 」
「フラッグで海に墜落というのは、反省になるのか? 」
「あ、生温い? うーん、それならミサイルで撃墜しちゃおうか? どこかのミサイルを乗っ取ってしまえば簡単だ。」
「死ぬぞ? 」
「あはははは・・・・刹那、ああいう人は、しぶといからね。それぐらいじゃピンピンしてるって。優しいね? 刹那は。」
あー可愛いっっ、と、キラはきゃっきゃっと刹那を抱き締めて喜んでいるのだが、背後で、その会話を聞いていた全スタッフは、頬を引き攣らせて笑っていた。ついでに虎は、俺のスペシャルブレンドを出せなかったと悔しがったそうだ。
作品名:こらぼでほすと すとーかー4 作家名:篠義