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屍鬼 限りなく続くもの

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沙子と静信が教会を逃げ出した頃には、すでに上外場は火の海だった。ゆっくりとゆっくりと寺を、そのまわりの景色を火が飲み込んでいく。火の粉が雪のように舞うのがきれいだと沙子はぼんやりと見上げていた。傍らの男もしばらく脱出路を考えることもなく、自分の村を見下ろしていた。あそこには、母親が倒れたままだった。すでに死んではいたが・・・それでも、こんな死に方をしなければならないような酷い人間ではなかったはずだ。この村の人間に惨殺された。それまでは敬われていたはずだったのに・・・・自分が屍鬼を肯定したことが原因なのだろうか。・・・すでに自分は人狼となり、人間を殺した。あの秩序の中には戻れない。
「室井さん、こっちです。」
 ぐいっと横手から腕を掴まれた。呆然とした静信はなすがままに引き摺られた。どんどんと山を越えている。暗やみで相手の顔は見えない。となりには沙子がいる。同じように自分の腕を掴んでいた。尾根を越えると別の林道に出る。そこには一台のワゴン車が停車していた。扉が引き空けられて、その明かりで辰巳であることがわかった。
「・・・辰巳さん・・・無事だったんですか?・・・」
「ええ、まあ・・・なんとかね。連中が死んだと思って放置してくれたので、その間に傷を癒せましたから。・・・詳しい話は後です。とにかく、乗ってください。狭いでしょうが、しばらく、ここに沙子と入っていてください。」
 そこには樅の棺がひとつ置かれていた。蓋を外して、辰巳が入れと命じる。沙子が誘うように手を引いた。のんびりしている暇はない。火の手はすぐに追い駆けてくる。とにかく逃げなければならないのだ。
「室井さん、あなたが選んだのよ。さあ、入って。」
 そうだ、静信は沙子の永久の眠りを妨げた。生きよ、と命じたのは自分のほうだった。互いに抱き合うように棺に収まった。蓋が閉じられる。これが死ぬということなんだろう。次に棺が開くときは、自分は人狼という人間ではないものに生まれ変わる。ぼんやりとそんなことを考えながら、静信は意識を閉じた。

 辰巳は、そのまま桐敷の本宅まで車を飛ばした。沙子を陽の光に晒さないためには、都会の隠れ家よりも都合が良かったからだ。さすがに高速道路に入る前に、シートをかぶせた。棺がまる見えなのはいただけない。外場の火事が大きくなったせいで、誰もがワゴン車には目を止めなかった。うまく逃げおおせた。屋敷のガレージに入れる。すでに夜は明けていた。沙子はぐっすりと眠っている。
「室井さん、室井さん・・・あれ?」
 どういうわけか人狼のはずの室井も起きない。辰巳では室井を連れて行くのは難しい。何より室井は沙子をしっかりと抱き込んでいる。引き離すのが面倒だ。そのまま放置して辰巳は屋敷に上った。沙子が目覚めれば、室井も起きるだろう。
 しかし、予想に反して室井は目覚めなかった。沙子はちゃんと目を覚まして、自分で屋敷に戻ってきた。室井が起きないと慌てて、辰巳を呼びに来たのだ。
「どういうこと? 室井さんは間違いなく、人狼よ。それなのに、なぜ、目を覚まさないの? 」
「僕だって、こんなのは初めてだ。・・・とにかく、きみが目を覚ましてから僕に逢うまでのことを話して、どこかに問題があるのかもしれない。」
 沙子は覚えている限りのことを話した。トランクから起き出して、近くで倒れていた室井が死にかけていたこと、それから狩人に追われて教会で殺されそうになったこと、そして、その室井が変化して人間を排除してくれたこと・・・そこで永久の眠りにつきたいと願った沙子に生きよと命じたこと・・・沙子が見知っているのは、それだけだ。その前に室井がどうしていたかまではわからない。
「あれだけ僕らに血を提供して、その後、怪我までしたのか・・・なんとなく、わかったよ。とにかく、室井さんを屋敷に移そう。僕やきみの食事も調達しなけりゃならない。何より、この人の分が必要みたいだ。」
「わかったのなら教えて、辰巳。室井さんはどうなってるの?」
 そこで辰巳はにっこりと微笑んだ。簡単なことだ。餓死寸前だということだ。人狼になるために死にかけるのは問題ない。辰巳も通った道だからわかる。問題なのは脇腹の傷だ。傷つけられて流した分は、生前のものになるから補充されない。食事していないのだから、体内の血液は不足したままだ。
「たぶん、そういうことじゃないかな。」
 辰巳が室井を屋敷に運び込み、ワゴンで外出した。さすがに、近辺で事件はまずい。近隣の医院で輸血用の血液を拝借した。カルテを書き替えるように医者に指示して、自分はその医者のものを頂いた。いくつかの輸液を屋敷に持ち帰った。まず、沙子に飲ませる。それから、室井の分をグラスに注いだ。それを片手に、沙子に尋ねた。
「沙子、きみは二匹の人狼の主人になる? もし、室井さんを人間として必要としていたなら、人間に戻すよ。」
「そんなことできないわ。」
「できるよ、このまま、室井さんをどこかに放り出せばいい、もっと直接的なのがお望みなら、室井さんの首を切り落としてあげる。そうすれば、室井さんは人間として終わることができる。室井さんが居る限り、きみは罪の意識に苛まれるだろう。それが嫌なら、目を背ければいいんだ。」
 沙子が好きだった室井は、人間として屍鬼を肯定してくれた室井だ。人狼の室井ではないだろう。これから室井が傍に居る限り、沙子は己れを呪うだろう。せっかくの理解者を自分と同じものにしてしまった。それが永遠に続くのだ。室井は恨んだり嘆いたりはしない。おそらく、沙子の傍に穏やかに居てくれる。それは沙子にとって心地よいものと同時に罪悪感をもたらす。あの時、室井は死んだのだ。そう沙子が考えて、室井のことを忘れるなら、室井はこのまま眠らせたほうがよい。それが辰巳の考えであり、沙子に突き付けた質問の真意だ。沙子が愚かで愛しいから、そう勧める。室井を切り離せと。
「・・・わかってる・・・室井さんが・・・私を責めたりしないって・・・でも・・・」 生きようと言ったのは室井だ。あのまま終わりたかった沙子を教会から引き摺り出し、逃げようとしてくれた。人間が信じる神から放逐されたのなら、それを信じることはないのだと言ったのも室井だ。ふたりで教会でおしゃべりしたことが懐かしい。この人は屍鬼を理解していた。受け入れて、そして自ら、差し出してくれた。その人が傍に居てくれる。たとえ、そのことで自分が辛くても居ないよりはずっといい。
「・・・でも・・・室井さんを失うのは嫌・・・」
「そう、それなら飲ませる。・・・室井さんがいらなくなったら、僕に言えばいい。ちゃんと処理してあげる。」
 そんなことは起こらないだろう。辰巳にもわかっている。沙子は自分が作り出した人狼に心を痛め、そして、その人狼の存在に安堵する。二律違反の思いを抱えて生きていく。あまりにも愚かで愛しいと思う。だからこそ、沙子を手放せない。ゆっくりと室井の口元にグラスを充てる。傾けずに、沙子に目で問うた。
「・・・飲ませて・・・私は二匹の人狼の主人になるの。」
作品名:屍鬼 限りなく続くもの 作家名:篠義