屍鬼 限りなく続くもの
踏み止まらせた沙子、それを横目にして静信は考える。沙子が自分を弟と言い張る。けれど、自分には沙子が弟のように思える。人間としての罪に打ち拉がれる沙子を無理に、その世界に止めた。人間として・・・生きていたかった沙子は屍鬼であることに苦しむ。それをわかっていて、それでも止めた。それは自分の罪だ。
「聞いている。沙子、食事に行こうか?・・・ついでに買物もする?」
「うん、お腹すいたわ。」
そして、沙子は食事すると悲しそうな顔をするのだ。そうしなければ沙子は生きていられないというのに・・・それを黙って見ている自分は、やはり兄だと思う。
「そうだ。室井さん、この本の出版社に連れて行って。私、自分で見て見たいの。」
「いいよ、先輩のデスクは窓際だ。座っていたら、よくわかる。ぼくはいけないけど・・・それでもいい?」
「ええ、結構よ。」
都会は暮らしやすい。人が多いから、異形が混じっていてもわからない。それに食事に事欠かない。他人に関心を持たない隣人も有り難い。ここなら長いこと住んでいられる。静信が沙子の傍に居座るようになると、辰巳が留守がちになった。今までのように付きっきりにしなくてもいいから、と少しばかり人間のフリをしているらしい。昼間、普通に働いてサラリーマンの真似事をして遊んでいる。それなりに人当たりのいい辰巳は、それなりに現状を楽しんでいる。ああな
るには時間が必要だ。まだ、自分は咎人の気分から抜け出せない。そのうち、時間が過ぎれば何も感じなくなるだろう。自分はもともと、人間の神に見離されていたのだから。
「室井さん、その格好は駄目よ。コートぐらい着て。」
薄着の自分に沙子がコートを運んでくる。もはや、風邪などひかないのだが、人間のフリはしなければならない。そういう沙子も白いコートを羽織っている。
「風邪ひいたら大変よ。」
「うん、そうだね。」
沙子の注意に苦笑して、静信がコートを羽織った。そして、夜の街へと扉を開ける。ここからは流刑地、人間の秩序の世界だ。ゆっくりと、ゆっくりと歩き始める。
作品名:屍鬼 限りなく続くもの 作家名:篠義