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[ヘタクエ三次創作]王冠の囚われ人[ギルエリ]

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 月明かりの差しこむ小部屋で、ローデリヒはうなだれていた顔を持ち上げた。
 石畳の敷き詰められた大通りを鳴らす軍靴の足音を、彼の鋭い聴覚は聞き漏らさない。
 足音が向かうその先を、ローデリヒは知っている。戦慄が指先まで走り抜けた。

 豹変した皇帝が敷いた戒厳令により、国民の夜間の往来は厳しく制限されている。
 それは、表通りにほど近いエーデルシュタイン邸に幽閉されたローデリヒが、ただ一人の足音を聞きつけられるほどの静寂を夜の町にもたらした。
 城下町を今、足音を忍ばせずに歩くことができる者は限られている。一人きりで歩くことが許されている者はさらに少ない。
 ローデリヒの幼馴染であり婚約者である、エリザベータ・ヘーデルヴァーリの屋敷へと迷いなく進むそれは、賢帝の仮面をかなぐり捨てたギルベルトの足音に違いない。そうローデリヒは断定した。

 最愛の弟を最悪の形で喪い、激しい喪失感を憎悪で埋め尽くしたギルベルトは、賢帝であろうとする志を投げ出した。無欲で寛大で、ちゃかした態度とは裏腹に高潔なほど民を思っていたはずの皇帝が、民を虐げ、かつては友であった相手を攻め滅ぼそうと兵を整えている様は、狂気の沙汰に他ならない。
 もちろん、近臣の一人としてローデリヒは皇帝を諌めた。しかし、どんな理論も闇に飲まれ光を失った心には届かない。彼は徐々にギルベルトへの対応を変え、表だって逆らわずに対外的な折衝を試みるやりかたへと移行した。
 しかしそこで、ローデリヒ以上に皇帝に反発したのが、エリザベータだった。ローデリヒと彼女の婚約を祝福した日の皇帝はもういない。危険だから近づかない方が良い、とローデリヒは何度も諭したが、幼馴染を信じるエリザベータは渋る大臣らを説き伏せては皇帝の説得に足を運んだ。
 ローデリヒはいつか彼女が捕らわれて、清らかな信頼とまっすぐな眼差しを完膚なきまでに砕かれるのではないかと案じた。ギルベルトは今や、目に映る全てを食い荒らして破滅に向かって全てを巻き込みながら転がり落ちて行こうとしていた。ましてやエリザベータは、叶わぬ望みなどない身分であるはずのギルベルトが、淡い恋の果てに、帝位と引き換えに手放した幼馴染である。彼を引き止めるよすがになるよりもその歯牙に食い散らされる可能性のほうが現実味があった。
 もしそうなれば、エリザベータは彼女の身体や心が傷つくことよりも、ギルベルトを止められなかったことと、ローデリヒの花嫁になる資格を失うことを嘆くだろう。

 だからこそ、皇帝の命令で自分の屋敷に幽閉された時、ローデリヒは安堵した。エリザベータの行動を制限し、かつ彼女に被害の及ばない方法をギルベルトが選択したことに。
 しかし、エリザベータはそんな想像の枠に収まっていてくれる女ではなかった。婚約者の身柄を押さえられたエリザベータは、ローデリヒの釈放を求めて皇帝の面会に足繁く通い詰めた。日に一度顔を見せる見回りに、その事実を聞いたローデリヒは震え上がった。
 
 ――――望みのない恋だと知っていた。
 ローデリヒは趣味も嗜好もギルベルトとエリザベータのそれとはかけ離れていて、いずれこの三人組から一人欠けるならそれは自分だろう、と、半ば諦め、半ば甘い希望を抱きながら育ってきた。皇帝と皇妃として立つ二人を、私情を押し殺して支えてゆくのだと事あるごとに胸に刻みながら生きてきた。その手に、不意にエリザベータが落ちてきた。

 どれだけの覚悟をもって、ギルベルトがその手を離したのか、ローデリヒは知っている。そして、エリザベータはもはや手を離せない半身だった。

 決して自ら城を離れようとしなかったギルベルトが、その足をエリザベータの屋敷に向けている。
 表向きは、彼女の処遇を告知するためとでもこじつけるのだろう。エリザベータもまた、屋敷で謹慎を命じられていた。
 エリザベータは、直談判を求めて皇帝の執務室へ忍び込もうとし、見張りの兵に見つかったのだと召使いが言った。皇帝は左右の腕にも等しいお二方を揃って幽閉なさって、この先どうなさるのでしょうかと召使いは呟いた。

 度重なる警告に従わないエリザベータに、皇帝は牙を剥くことに決めたに違いない。
 恐らくは彼の内にある黒い衝動を抑えずに、エリザベータを引き裂いて飲み下してしまう。
 彼はもはや、誰の幸せも願ってはいない。ただ、衝動と欲望の赴くままに、己の持てる力の全てを使役しつくしてこの世を呪っているだけだ。そして、最悪なことに、この世でも数えるほどの人間しか持ち合わせていない力を、彼はいくつも手にしていた。

 ローデリヒは、カーテンの陰から表をうかがった。
 屋敷の周囲に貼りついた見張りは、心なしか数が減っているように見える。今なら抜け出せるだろうか。
 上着を脱ぎ、靴を抱えてバルコニーに出ようとした瞬間、ドアが乱暴にノックされた。
「なんでしょうか」
 つとめて冷静を装ってドアに向けて問うと、許可する前に兵隊が数名どかどかと押し入って来た。
「危急の用向きがありまして、エーデルシュタイン卿にお話をうかがいたいのです」
 高圧的な態度で入口を塞ぎ立ちはだかる兵たちを前に、ローデリヒは内心歯噛みをした。
 エリザベータがギルベルトに門を閉ざすことはない。
 ならば、その分は彼女の援護に回る可能性のある場所へ派遣して時間を稼げばいい。何しろローデリヒ・エーデルシュタインは補佐官亡き今、実務のほとんどの補佐を預かる皇帝の右腕である。新しい補佐官を迎えたとはいえ、危急の用はいくつあってもおかしくない。
 華奢な指を固めて握りしめたローデリヒの拳が震えたのは一瞬だった。
「よろしい。うかがいましょう」
 責務の前には感情は殺す。それがかつてのギルベルトの在り方であったなら。
 ――――それを臣下が崩すわけにはゆくまい。

 ***

 足取りはごく軽かった。
 幻影にも幻想にも、欲望をそそのかす声にも、傍に控える幼馴染すら気付かせぬほど完璧に耐え抜いて、散々焦らしてくれた肉体は今や精神のくびきを離れつつあり、全権をこちらに移譲しつつあった。
 それにしても随分と待たされたものだ。
 「俺」は唇を歪めてほくそ笑む。
 ようやくここまでたどり着いた。
 己の築いた強さの牙城で、常に崖っぷちだった皇帝の正気を繋ぐ最後の糸であったルートヴィヒは死んだ。国外からは皇帝に強く意見できる者はいるまい。あとは、国内で彼を引きとどめる邪魔者を始末しなくてはならなかった。
 エリザベータ・ヘーデルヴァーリ、ローデリヒ・エーデルシュタイン。
 皇帝の冠を戴く遥か以前からの、ギルベルトの竹馬の友である。
 身分を問わず実力重視で部下を取り立てると名高いギルベルトの隣にあって、家柄も能力も申し分ない二人は、ギルベルトと強い絆で結ばれていた。
 狂気の淵から鼻の先だけ出しているような有り様で、かろうじて生き延びているしぶといギルベルトの理性を、安穏とした混迷の中に沈めんと「俺」は何度も二人の名を出して罠を掛けたが、ギルベルトは揺らがぬばかりか、その名を出すだけで理性が息を吹き返す。
 
 人が短い人生のうちに最も信頼するものは、無知で純粋であった頃を共に過ごした者なのだろうか。