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The False Family

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 我が子に、物事を広く深く知って欲しいと望みながら、同時に、いつまでもこの手の内に置いておきたいと、誰も傷つけず誰にも傷つけさせないように、磨き上げたガラスの器に閉じ込めて、いつまでも大事に大切にしていたいと、愚かなことを願ってしまう。
 けれど。子供はいつか、自らの翼ではばたいてゆく。巣立ってゆく時が来る。
 自らを閉じ込めるガラスを内から破ってでも、外に飛び出してゆく。親の思惑など軽々と越えて、いつか、必ず。
 イズミも、シグも、そんな親と子の様を何度も見ていた。見て、多少は分かっているつもりだった。
 けれど。いざこうしてあの兄弟たちと向き合ってみると、まだまだ分からない事も多いと痛感する。
 自らの手で子供を育てて初めて、親も「親」として成長するのだと。どこかで誰かが言っていたように。

「だが、イズミ。あの子たちの事なら、全部受け止めてやるつもりなんだろう?」
「ん、まぁね」

 それは、あんたも同じでしょう? 彼女はそう言って、少し笑った。
 人は決して「神」にはなれない。例え、錬金術という技を会得していても。
 いや、東方のとある部族に云わせれば、錬金術は悪魔の所業であるらしい。天より与えられた物を人為的に造り変えてしまう、神への冒涜行為だと。
 イズミは勿論、その神を信仰している訳ではない。だが、ある意味そのとおりだとも思う。
 人がその身に過ぎた力を得、その後破滅していく様を、同じ錬金術師として今まで何度見聞きしただろう。命を落とした者もいた。壊れてしまった者にも出会った。そしてイズミ自身も、また。

「真理」とは何故にああも残酷で、情け容赦ないものなんだろう。そして、何故にああも眩しいのか。
 そして、人は何故に――こうも卑小で傲慢なのか。未だに、その“答え”は見出せない。

―― それでもあの子たちには、同じ轍を踏んで欲しくはないねぇ ――

 イズミは今度は言葉には出さず、胸の内だけで呟いた。
 一口に「錬金術師」と云えど、その実態は様々である。真実を求め、常に道なき道を切り拓いてゆく者もいる反面、手頃なところで自らの位置を定め、適度に術を使いながら安穏と生きる者もいる。支給される多額な研究費や特権と引き換えに、軍門に下る者も少なくない。『術師よ、常に大衆のためにあれ』という古人の名言も、だんだん有名無実化しつつある。
 そのどれが正しいとか、間違っているとか、安易に決めることは出来ない。それは本人の選ぶことだから。やみくもに他者を犠牲にすれば、犯罪者として弾劾されることもあろうが、それは何も、錬金術師に限ったことではない。もっとも、そんな奴がもし目の前に現れたら、イズミは多分、誰よりも先に蹴り倒し、半殺しの目に遭わせるだろうが。
 自分に付き従う子供たち。その純粋な瞳の中に、どこまでも真摯に道を求め、それ故にもがき苦しむであろう未来が見える。これは予知ではなく単なる予感。自分でも、勘が外れて欲しいと思うけれど。

 どんなに苦しみ、足掻くことになっても、どうか、この私と同じ過ちは犯さないで。

 あの子たちのことになると、どうも思考が支離滅裂になってしまう。
 そう密かに苦笑しながら――イズミは、ゆっくりと立ち上がった。

「すまないね、あんた。もう大丈夫。さっさと片付けてしまおうか」
「……ああ」

 妻の言葉に促されて、シグもようやく動き出す。
 明日からは、豚の肩ロースと煮込み用ブロックが特売だ。予めイズミが書き換えておいた値札の金額を、今一度確かめてから、彼は、既に明かりを消した店の方へと足を向ける。
 彼が一つ一つ値札を張り替えていると、厨房の方から、妻が包丁を手入れする音が聞こえてきた。しょりしょりと刃を研ぐ音を訊きながら、肉屋の主は、頭の中で明日の段取りをいろいろと考える。
 朝一で買い物に来る客に、滞りなく品物が渡せるように。妻が、心おぎなく弟子たちの指導にあたれるように。やるべき事はたくさん有る。勿論その中には、妻がちゃんとあの子たちに食事を作ってやれるように、野菜や調味料などを仕入れる算段も含まれている。もし近所の服飾店の者が買い物に来たら、ついでに、二人分の子供服を安く卸してもらえるよう話してもいいかも知れない。

「明日も、賑やかになりそうだな――」

 一とおり値札を付け替えたところで、シグはうんと背筋を伸ばし、それから少しだけ店の戸を開け、空を見上げた。



 空には、明日の晴天を約束するかのように、星がいくつもいくつも瞬いていた。
作品名:The False Family 作家名:藤村珂南